温暖化リスク、首都圏浸水の危機シナリオ 荒川氾濫なら被害90兆円規模に
急激な気候変動が引き起こす大規模水害が、日本の新たな国家的リスクとして急浮上している。写真は千曲川が氾濫したときの長野県の様子。昨年10月撮影(2020年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)
急激な気候変動が引き起こす大規模水害が、日本の新たな国家的リスクとして急浮上している。2019年と18年は列島各地に台風や河川氾濫などによる甚大な被害が広がり、政府の統計によると、その経済的損失は過去50年超で3指に入る規模に達した。
今後も各地で深刻な豪雨禍が再発する懸念があり、特に日本経済の中枢である首都圏については、東京都心を流れる大型河川の荒川が氾濫した場合、家屋浸水やサプライチェーンのマヒなどによる経済的被害は累計で90兆円に上るとの試算もある。
政府と東京都は今年、産業界との協力で浸水回避の対策などに積極的に取り組む方針だが、実現までには数年ないし10年超の時間がかかる見通しで、大水害の再来に対応できない可能性も否定できない。
台風浸水、町工場から大企業まで
「浸水は想定外だった」。神奈川県を流れる多摩川の支流、平瀬川に面する地域の中小企業が集まる川崎北工業会の関係者は、昨年10月に東日本を襲った台風19号による水害を異口同音にこう振り返る。同工業会では加盟する180社のうち、16社が事業に支障をきたす規模の浸水被害を受けた。
その中の1社、半導体製造装置向け金属部品を手掛ける川崎市の甘利製作所では、台風が去って2カ月経った昨年12月になっても、1台2000万円のマシニングセンターなど、工場にある10台の機械のうち8台が動いていなかった。
同社の甘利治明専務によると、必要な部品交換の見積もり額は7500万円。しかし、稼働していない8台のうち、半数が修理できない可能性もあり、新規購入の場合は追加で8000万円が必要となる。操業復旧にかかる合計1億5000万程度の負担額は、同社の年商とほぼ同額だ。加えて従業員8名分の給与など、多額の運転資金ものしかかる。
修理を請け負う機械メーカーの派遣員も、他県の被災工場の復旧に手を取られ、1カ月に2日間のみの修理訪問が精一杯。1月からの出荷は50%程度に回復するのがやっとだという。
甘利氏は今春から商業化がスタートする5G(第5世代移動通信システム)サービス向けの需要に期待し、完全復旧に向けて行政や金融機関との調整に奔走している。「行政は(被害が起きた)原因の説明と今後の対策を話してほしい。それがなければこの場所に新たな設備を入れても無駄になってしまう」。新たな水害の再発への不安はぬぐえない。
浸水被害で生産が打撃を受けるのは町工場だけではない。マツダは、18年7月の豪雨で取引先の被災により操業停止に追い込まれ、自動車4万4000台などの生産に影響、約280億円の損失が生じた。
SUBARU(スバル)は、19年の台風19号で取引先の部品メーカーが浸水、部品調達に支障が出て、1万2500台の生産が影響を受けた。操業が4日半の停止で済んだのは、のべ500人の従業員が取引先の復旧応援に駆け付け、早期の操業再開を果たしたからだ。東日本大震災(2011年)での供給網寸断の教訓から、供給網の全容把握やリスク管理を徹底してきたことが奏功した。