最新記事

ラグビーワールドカップ

ラグビー日本代表「多様性ジャパン」は分断と対立を超える

The United Brave Blossoms

2019年10月11日(金)16時00分
石戸 諭(ノンフィクションライター)

キャプテンのリーチマイケルは、開幕前から一貫して「ダイバーシティー=多様性」の力を見せたいと語っていた。在留外国人の数が2018年末時点で273万超と過去最多を記録する日本にあって、さまざまなルーツを持つ人々が交流し、力を合わせていく。その象徴がラグビー日本代表である、という趣旨だ。彼自身もニュージーランドに生まれ、高校生の時に留学生として日本にやって来た。

リーチが控えに回ったアイルランド戦で、ゲームキャプテンを務めたラピースことピーター・ラブスカフニは南アフリカ出身で、現地でも有名な選手だった。ロシア戦で快足を飛ばし、トライを重ねた松島幸太朗も出生地は南アフリカで、日本人の母とジンバブエ人ジャーナリストの間に生まれた。

私が毎日新聞記者時代に高校ラグビーを取材したのは、松島が大活躍した第90回大会(2010~11年)の次に開かれた第91回大会だった。そこには第二のリーチ、松島を目指す選手たちが各地から集まっていた。彼らの背中を追えば、あるいは追い越せば19年日本開催のワールドカップ代表が見えてくる。そんな熱気が花園ラグビー場に充満していた。国籍の壁に阻まれ、他のスポーツでは簡単にはなれない「日本代表」を目指していたのは留学生だけではない。

大阪屈指の強豪でもある大阪朝鮮高校の選手たちも同じだった。花園近くのグラウンドでの練習後に、ある有望選手が「夢は日本で代表になること」ときっぱりと語った姿が印象に残っている。真冬なのに、大粒の汗を顔に浮かべた彼に「なんで?」と理由を尋ねてみると、こんな返事が返ってきた。

「それは生まれ育った所だからですよ。まずはトップリーグで活躍して、それでサクラのジャージーが着たい。みんなに応援してもらえたらうれしいじゃないですか」。彼はこの大会の日本代表には入れなかったが、まだラグビーを続けている。

mag191010-rwc02.jpg

アイルランド戦で突進する具智元 森田直樹/AFLO

日本代表を目指していたのは、狭い意味での日本人だけではない。だからこそ、彼らにはこんな意味が付与されると私は考えている。ラグビー日本代表とは広がりつつある、あるいはかつてからあった多様なルーツを持つ日本「社会」の代表である。

日韓関係が冷え込む中で

アイルランド戦後、フォワード最前列で体を張った稲垣啓太が、SNSにアップした1枚の写真に称賛が集まった。多くの専門家がこの試合の勝因に挙げたのが、フォワードがスクラムで負けなかったことだ。稲垣がアップしたのは、共に最前列で先発し、スクラムを支えた堀江翔太、そして具智元(グ・ジウォン)のスリーショットだった。

堀江(中央)と具(右)と共に写る稲垣の写真付きツイート


具は韓国出身のプロップである。父はかつて日本代表と競い、日本の社会人チーム本田技研鈴鹿(現在のホンダヒート)でも活躍したアジア最強のプロップ、東春(ドン・チュン)だ。

父と同じポジションを選んだ具は中学時代から日本に留学し、日本文理大学附属高校へ進学する。花園にこそ届かなかったが大器の噂は全国を駆け巡り、高校日本代表に選ばれた。この時から目標はジャパンのジャージーだったという。朴訥な笑顔と謙虚な姿勢、そして力強いスクラムは多くの人を魅了する。

「今日は、ものすごい緊張しました。今までの試合と違いますね」。ロシアとの開幕戦、途中交代で出場した具は、素直過ぎるくらい素直な言葉で日本代表として初めてワールドカップに出た瞬間を振り返った。そんな具に、今の時代にあって日本代表として戦うことの「意味」を聞いた。

「僕は日本と韓国、両方から応援してもらえて、注目もしてもらえます。それはとてもうれしいことです」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中