最新記事

サバイバル日本戦略

「仮面の笑顔」中国・習近平の本音

THE IRON MAN

2019年10月4日(金)14時30分
阿南友亮(東北大学法学研究科教授)

改革開放は、共産党の高級幹部の特権的富裕化を防止できなかったが、「権力行使の制度化」に関してはそれなりの成果を積み上げてきた。具体的に言えば、毛沢東時代のように1人の指導者が死ぬまで恣意的に権力を乱用し続けるという事態の再発を防止するため、党中央において集団指導体制が導入された。そして、国家主席をはじめとする要職ポストを「1期5年」と定めた任期制および「68歳になったら引退」という定年制が定着した。

日米欧では、中国でこうした「権力行使の制度化」が成熟すれば、法治の確立と民主化が促され、それによって中国の内外における緊張緩和がもたらされるという未来予測がごく最近までかなり幅広く定着していた。「中国はどんどんいい方向に変わっていく」という楽観的な認識こそが、政治体制の異なる中国と経済的相互依存関係を築く上での土台となったといっても過言ではない。

ところが、2013年の春に国家主席に就任した習近平は、軍との太いパイプを背景に自分個人に権限が集中する体制をつくり出し、2018年には国家主席の任期を撤廃させ、定年を過ぎた腹心の王岐山(ワン・チーシャン)を国家副主席に抜擢した。つまり、日米欧の中国に対する期待と信頼の最後の牙城ともいうべき「権力行使の制度化」を骨抜きにし始めたのである。

毛沢東時代を彷彿させる個人崇拝の色合いが濃いプロパガンダも、習政権下で復活した。国内安定化のワクチンともいうべき経済発展が失速しつつあるなかで、共産党は「万能なカリスマ的指導者」を神輿(みこし)として担いで一党支配体制とそこに由来する既得権益を死守しようとしているように見える。

変わるべきは世界という認識

要するに、日米欧は中国が改革開放を続ければ、自分たちの価値観やルールに近づいてくると予想していたのだが、習近平政権はその予想を根底から覆したのである。習政権の下で中国は民主化に向かうのではなく、個人独裁に回帰しつつある。また、改革開放路線が抱える構造的欠陥の解消につながる改革を推し進めるのではなく、むしろ国際社会が中国の既存の政治・経済体制(「社会主義市場経済」)を尊重すべきであると声高に主張するようになった。換言すれば、変わるべきは中国ではなく、既存の国際秩序のほうだという姿勢を強めるようになったのだ。

皮肉なことに、日米欧と中国との経済関係の深化は、中国共産党の自己改革意欲を増幅させるのではなく、党の自己肯定、すなわち開き直りをもたらしてしまったのである。これは改革開放のパラダイムチェンジと言ってよい。そして、このパラダイムチェンジこそが米中の正面衝突の引き金となったのである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

午後3時のドルは149円後半へ小幅高、米相互関税警

ワールド

米プリンストン大への政府助成金停止、反ユダヤ主義調

ワールド

イスラエルがガザ軍事作戦を大幅に拡大、広範囲制圧へ

ワールド

中国軍、東シナ海で実弾射撃訓練 台湾周辺の演習エス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中