最新記事

アジア情勢

アジアに、アメリカに頼れない「フィンランド化」の波が来る

Asia’s Coming Era of Unpredictability

2019年9月2日(月)19時00分
ロバート・カプラン(ユーラシア・グループ専務理事)

景気が減速する一方で、中国経済は熟練度の高い労働者を擁する、より成熟したシステムへと変容しつつある。新しい中流階級は愛国主義的であるとともに要求水準が高い傾向にあり、政府にも高水準のパフォーマンスを求めている。中国の習近平(シー・チンピン)国家主席はこうした中産階級に対し、中国はナショナリズムを高め、経済改革を推し進めることで、ユーラシア大陸に広がる交易路や港を手中に収める「世界大国」になれると思わせている。

だが習はまた、顔認証といった過去にはなかったさまざまなテクノロジーを用いて国民の行動を監視している。政治的に無傷な状態を維持しつつ、債務過剰で輸出主導型の経済を改革するには、かつてソ連を率いたミハイル・ゴルバチョフ書記長とは逆に、政治的コントロールを緩めるのではなく厳しくしなければならないと習は承知している。

中国海軍は急速に規模を拡大し、アジアのシーレーン全域に展開している。これを背景に、アメリカが過去75年間にわたって一極支配してきた海上軍事秩序は、多極的で不安定なものへと変容していくだろう。この一極支配による海上軍事秩序は、スパイクマンの日米同盟ビジョンの隠れたカギだった。だが多極化はすでに始まっている。

朝鮮半島と日本の対立

具体的には、多くの専門家やメディアは南シナ海と東シナ海における中国海軍の侵犯行為を個別の案件と捉える傾向にあった。だが実際には、これらの事案は西太平洋全体のアメリカの制海権に影響を与えている。

米海兵隊が駐留するオーストラリア北部ダーウィンの99年間の港湾管理権を中国企業が獲得するなど、中国が外国の港湾開発に乗り出す事例も相次いでいる。カンボジアの海岸リゾート、シアヌークビルでの大規模プロジェクトは、南シナ海とインド洋をつなぐ海域をどれくらい中国が手中に収めつつあるかを示している。中国はこの10年間にインド洋における港湾ネットワークを築いてきた。

中国の新たな海洋帝国の姿が明確になってきたのはこのほんの数年のことだが、インド太平洋海域はもはや、米海軍の「庭」ではない。

今、台湾は再び紛争の火種になりつつある。中国は台湾周辺海域で軍事演習を行い、ミサイルの発射能力と台湾に対するサイバー攻撃能力を磨きつつ、トランプ政権が承認した台湾への22億ドルの武器売却の中止を要求している。習とドナルド・トランプ大統領の自国の利益最優先政策によって米中対立が激化していることからすれば、こうなるのは当然の帰結といえる。

もちろん、朝鮮半島ほどアジアのなかで影響の大きい地域はない。トランプと北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が始めた首脳会談はどこか混乱気味だったが、その予想外の結果として北朝鮮と韓国の間で活発な対話が始まった。

この南北対話はそれ自体の論理と方向性があり、浮き沈みもあるだろうが、いずれは北朝鮮と韓国の平和条約締結、そして最終的には2万3000人を超える在韓米軍の撤退に向かうだろう。そんなことはありえない、とはいえない。南北ベトナム、東西ドイツ、南北イエメンの例からしても、20世紀に分断された国家は統一に向かう傾向がある。これが朝鮮半島で起こった場合、最も割をくうのは日本だ。

日本の安全保障上は、朝鮮半島は分断されている必要がある。第2次大戦の遺恨はもちろん、1910年から45年までの植民地化の歴史ゆえに、統一された朝鮮はおのずと反日国家になると考えられるからだ。

日韓間の貿易、安全保障関係が、第2次大戦中の徴用工問題と慰安婦問題と相まって悪化している最近の状況は、朝鮮半島が統一された暁にいずれ日本との間で噴出するであろう政治的緊張の厳しさをうかがわせる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

新型ミサイルのウクライナ攻撃、西側への警告とロシア

ワールド

独新財務相、財政規律改革は「緩やかで的絞ったものに

ワールド

米共和党の州知事、州投資機関に中国資産の早期売却命

ビジネス

米、ロシアのガスプロムバンクに新たな制裁 サハリン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 9
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 10
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 9
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中