最新記事

イラン危機

原油高騰とタンカー危機、混迷するイラン情勢の行方を読み解く2つのキーワード

2019年7月19日(金)11時07分
南 龍太(ジャーナリスト)

供給余力も楽観は禁物

今の緊迫したイラン情勢は2018年5月、トランプ米政権が核合意を離脱すると表明したのが発端だ。米国は11月に禁輸措置に踏み切った。日本など8カ国・地域は措置の適用が除外されて原油取引を行ってきたが、トランプ政権が19年4月に適用除外の撤廃を公表した。一連の動きにイラン側は強く反発、核合意に反してウラン濃縮活動を再開した。

禁輸措置やその適用除外撤廃、タンカーへの攻撃などは、いずれも原油価格を押し上げる要因となる。適用除外の撤廃を公表した翌日の4月23日、国際的な指標となるニューヨーク商業取引所(NYMEX)原油先物相場は、18年10月以来の1バレル66ドルを付け、年初来高値となった。ただその後は下落傾向となり、19年7月18日現在50ドル台後半で推移している。今のところ急騰と呼べるほどの上昇はなく、市場は冷静さを保っているように見える。

現在、原油価格の上値を抑えているのは大きく2つ、米国の生産量の多さと、中国の景気減速に伴う需要の減少だ。

最新のEIA(米エネルギー省エネルギー情報局)の報告書によると、シェールオイルの増産を背景にアメリカの原油生産量が18年にロシアを抜き、世界首位になった。アメリカの供給態勢が盤石だとの安心感から、原油価格は上値を追う展開になりづらい。

そしてもう1点の中国の景気減速である。アメリカとの貿易摩擦が長引いており、製造業の出荷減といった形で響いている。中国国家統計局が15日に発表した2019年4~6月の国内総生産(GDP)は前年同期比6.2%増となり、四半期ごとのデータを追える1992年以降で最低だった。中国の不振が世界経済にも影を落としている。

こうした状況下、IEA(国際エネルギー機関)が12日に発表した原油の需給動向によると、2019年上半期は石油供給が需要を1日当たり90万バレル上回っていたとされる。米テレビ局CNBCによると、IEAの石油セクターの責任者が20年の見通しについて「かなりの供給過剰」(considerable oversupply)と指摘。だぶつく状況が続きそうだ。

それでも決して楽観視できないのが原油相場である。2008年に147ドルの史上最高値を付け、その後30ドル台まで急落するといった展開を当時、誰が予想しただろうか。まして中東情勢が混沌とする今である。予断を持つべきではないだろう。

市場の乱高下はもちろん、核合意の破綻や、軍事衝突といった最悪のシナリオは避けねばならない。核合意当事者の英仏独は合意から4年となる7月14日に共同声明を出し、米イランに対話の再開を促した。英BBCによると、欧州連合(EU)外交責任者のフェデリカ・モゲリーニも15日、イランのウラン濃縮活動に関し、違反は深刻ではなく後戻りは可能との見方を示している。

平和裏に解決する落しどころは必ずあるはずだ。

[筆者]
南 龍太(みなみ・りゅうた)
「政府系エネルギー機関から経済産業省資源エネルギー庁出向を経て、共同通信社記者として盛岡支局勤務、大阪支社と本社経済部で主にエネルギー分野を担当。また、流通や交通、電機などの業界、東日本大震災関連の記事を執筆。現在ニューヨークで多様な人種や性、生き方に刺激を受けつつ、移民・外国人、エネルギー、テクノロジー、Futurology(未来学)を中心に取材する主夫。著書に『エネルギー業界大研究』(産学社)など。東京外国語大学ペルシア語専攻卒。新潟県出身。
ryuta373rm[at]yahoo.co.jp

ニューズウィーク日本版 世界も「老害」戦争
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月25日号(11月18日発売)は「世界も『老害』戦争」特集。アメリカやヨーロッパでも若者が高齢者の「犠牲」に

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、高市首相の台湾発言撤回要求 国連総長に書簡

ワールド

MAGA派グリーン議員、来年1月の辞職表明 トラン

ワールド

アングル:動き出したECB次期執行部人事、多様性欠

ビジネス

米国株式市場=ダウ493ドル高、12月利下げ観測で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワイトカラー」は大量に人余り...変わる日本の職業選択
  • 4
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 5
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    ロシアのウクライナ侵攻、「地球規模の被害」を生ん…
  • 9
    「裸同然」と批判も...レギンス注意でジム退館処分、…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中