福祉国家の優等生「北欧モデル」にひび デンマーク総選挙の最重要争点に
進む民間頼み
「北欧モデル」は、世界中の左派政治家や活動家の多くから、福祉国家の模範として称賛されてきた。
例えば前回の米大統領選では、民主党大統領候補に名乗りを上げたバーニー・サンダース氏が、米国の理想的な未来のビジョンの手本としてデンマークを挙げた。
だが、デンマークが直面している厳しい選択は、ベビーブーム世代が徐々に退職年齢を迎えている他の北欧諸国でも見られる。不安の高まりを感じつつある有権者は、これまで大切にしてきた福祉モデルを守るよう政治家への圧力を強めている。
フィンランドでは4月の選挙で、福祉コストの増大に対応するための増税を訴えた社会民主党が20年ぶりに第1党となった。
欧州有数の富裕国の1つであるスウェーデンでは、移民・福祉をめぐる懸念を背景に、昨年の選挙でナショナリスト政党のスウェーデン民主党への支持が急増した。
それでもまだ北欧諸国は、米国、ドイツ、日本といった財政規模の大きい他の 経済協力開発機構(OECD)諸国と比較して、貧困層、高齢者、障害者、病人、失業者に向けた社会給付に対する国民1人あたり公的支出という点で上回っている。
デンマークでも、国内総生産(GDP)に占める公共福祉関連支出の比率は28%で、フランス、ベルギー、フィンランドに次ぐ高率となっている。
だが、20年に及ぶ経済改革を経て、デンマーク国民は現在の現状に不満を抱いている。
医師による無料診察からがん治療に至る全般的な医療サービスの削減により、過去10年だけでも国営病院の4分の1が閉鎖された。
最近の調査によれば、デンマーク国民の半数以上は、公的な医療サービスが適切な治療を提供してくれるとは信じていない。業界団体であるデンマーク保険年金協会によれば、その結果として、デンマークの総人口570万人のうち民間医療保険への加入率は、2003年の4%から33%にまで跳ね上がったという。
この他にも、過去10年間の削減によって国立の学校のうち5分の1が閉鎖され、介護ホーム、清掃、病後のリハビリといったサービスに対する公的支出も、65歳以上の国民1人あたりでは4分の1減少した。
また2000年代に入って以来、歴代の政権は、人々がより長期間働くことを促すような不人気政策を推進してきた。たとえば、現在65歳とされている定年退職の年齢を数十年かけて世界で最も高い73歳まで引き上げたり、早期退職給付を段階的に削減し、失業給付を4年から2年に短縮するといった政策である。
財政支出の拡大競争
こうした政策によって、2010年以降の経済成長率は欧州連合(EU)平均を上回る平均1.6%を記録し、財政状況も改善されたが、今回の選挙によって風向きが変わる可能性がある。
フレデリクセン氏は、福祉を支えるため、今後5年間にわたり、公的支出を年0.8%ずつ増加させると発言している。2025年の時点で370億クローネに相当する。
テレビ討論の席でフレデリクセン氏は、ラスムセン首相に対し、「現在の(福祉)水準を維持するために必要な支出にあなたが賛成できないのは、減税のための余裕を確保しておきたいからだ」と言った。
とはいえ、そのフレデリクセン氏も、財政赤字がGDPの0.5%を超えることを禁じる2012年の法律に縛られることになる。これは、上限を3%とするEUの規定よりもはるかに厳しいものだ。
それにもかかわらず、財政支出拡大に関するフレデリクセン氏のメッセージは、人々に好印象を与えている。これと併せて、移民に対するスタンスを厳しくしたことも、反移民を旗印とするデンマーク人民党から支持者を奪ううえで有効だった。
ラスムセン首相は、テクノロジーの進歩や医療、高齢者介護といった分野への民間企業の参入を促すことで、満足できる水準の福祉を実現できると主張している。
だが同氏は今月になって、有権者の懸念に対応するために方針を変え、公的支出を年間0.65%ずつ増加させるという新たな計画を発表した。社会民主党の数字とほぼ同じペースだ。