最新記事

福祉

福祉国家の優等生「北欧モデル」にひび デンマーク総選挙の最重要争点に

2019年6月5日(水)14時25分

進む民間頼み

「北欧モデル」は、世界中の左派政治家や活動家の多くから、福祉国家の模範として称賛されてきた。

例えば前回の米大統領選では、民主党大統領候補に名乗りを上げたバーニー・サンダース氏が、米国の理想的な未来のビジョンの手本としてデンマークを挙げた。

だが、デンマークが直面している厳しい選択は、ベビーブーム世代が徐々に退職年齢を迎えている他の北欧諸国でも見られる。不安の高まりを感じつつある有権者は、これまで大切にしてきた福祉モデルを守るよう政治家への圧力を強めている。

フィンランドでは4月の選挙で、福祉コストの増大に対応するための増税を訴えた社会民主党が20年ぶりに第1党となった。

欧州有数の富裕国の1つであるスウェーデンでは、移民・福祉をめぐる懸念を背景に、昨年の選挙でナショナリスト政党のスウェーデン民主党への支持が急増した。

それでもまだ北欧諸国は、米国、ドイツ、日本といった財政規模の大きい他の 経済協力開発機構(OECD)諸国と比較して、貧困層、高齢者、障害者、病人、失業者に向けた社会給付に対する国民1人あたり公的支出という点で上回っている。

デンマークでも、国内総生産(GDP)に占める公共福祉関連支出の比率は28%で、フランス、ベルギー、フィンランドに次ぐ高率となっている。

だが、20年に及ぶ経済改革を経て、デンマーク国民は現在の現状に不満を抱いている。

医師による無料診察からがん治療に至る全般的な医療サービスの削減により、過去10年だけでも国営病院の4分の1が閉鎖された。

最近の調査によれば、デンマーク国民の半数以上は、公的な医療サービスが適切な治療を提供してくれるとは信じていない。業界団体であるデンマーク保険年金協会によれば、その結果として、デンマークの総人口570万人のうち民間医療保険への加入率は、2003年の4%から33%にまで跳ね上がったという。

この他にも、過去10年間の削減によって国立の学校のうち5分の1が閉鎖され、介護ホーム、清掃、病後のリハビリといったサービスに対する公的支出も、65歳以上の国民1人あたりでは4分の1減少した。

また2000年代に入って以来、歴代の政権は、人々がより長期間働くことを促すような不人気政策を推進してきた。たとえば、現在65歳とされている定年退職の年齢を数十年かけて世界で最も高い73歳まで引き上げたり、早期退職給付を段階的に削減し、失業給付を4年から2年に短縮するといった政策である。

財政支出の拡大競争

こうした政策によって、2010年以降の経済成長率は欧州連合(EU)平均を上回る平均1.6%を記録し、財政状況も改善されたが、今回の選挙によって風向きが変わる可能性がある。

フレデリクセン氏は、福祉を支えるため、今後5年間にわたり、公的支出を年0.8%ずつ増加させると発言している。2025年の時点で370億クローネに相当する。

テレビ討論の席でフレデリクセン氏は、ラスムセン首相に対し、「現在の(福祉)水準を維持するために必要な支出にあなたが賛成できないのは、減税のための余裕を確保しておきたいからだ」と言った。

とはいえ、そのフレデリクセン氏も、財政赤字がGDPの0.5%を超えることを禁じる2012年の法律に縛られることになる。これは、上限を3%とするEUの規定よりもはるかに厳しいものだ。

それにもかかわらず、財政支出拡大に関するフレデリクセン氏のメッセージは、人々に好印象を与えている。これと併せて、移民に対するスタンスを厳しくしたことも、反移民を旗印とするデンマーク人民党から支持者を奪ううえで有効だった。

ラスムセン首相は、テクノロジーの進歩や医療、高齢者介護といった分野への民間企業の参入を促すことで、満足できる水準の福祉を実現できると主張している。

だが同氏は今月になって、有権者の懸念に対応するために方針を変え、公的支出を年間0.65%ずつ増加させるという新たな計画を発表した。社会民主党の数字とほぼ同じペースだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、中東に空母追加派遣検討 協議不調なら「

ワールド

イラン高官、米と交渉再開へ協議 仲介役オマーンを訪

ビジネス

米ダラス連銀総裁「現政策は適切」、物価目標達成に慎

ビジネス

米家計債務、第4四半期は前期比1%増 学生・住宅ロ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:習近平独裁の未来
特集:習近平独裁の未来
2026年2月17日号(2/10発売)

軍ナンバー2の粛清は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」の強化の始まりか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 2
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...周囲を気にしない「迷惑行為」が撮影される
  • 3
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トランプには追い風
  • 4
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を…
  • 5
    崖が住居の目の前まで迫り、住宅が傾く...シチリア島…
  • 6
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 7
    変わる「JBIC」...2つの「欧州ファンド」で、日本の…
  • 8
    衆院選で吹き荒れた「サナエ旋風」を海外有識者たち…
  • 9
    【銘柄】「ソニーグループ」の株価が上がらない...業…
  • 10
    台湾侵攻を控えるにもかかわらず軍幹部を粛清...世界…
  • 1
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予…
  • 5
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 6
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 7
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 8
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 4
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 7
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 8
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 9
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 10
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中