福祉国家の優等生「北欧モデル」にひび デンマーク総選挙の最重要争点に
5月29日、平等なユートピアを模索する世界中の多くの人々にとって、北欧型の福祉国家モデルは、長年のあいだ憧れの的だった。写真はデンマーク中部オールップの自宅でくつろぐ、92歳の認知症の女性(2019年 ロイター/Fabian Bimmer)
平等なユートピアを模索する世界中の多くの人々にとって、北欧型の福祉国家モデルは、長年のあいだ憧れの的だった。だがこのところ、その北欧モデルに軋みが生じている。
人口高齢化を受けて、北欧諸国の政府は何年もかけて、「ゆりかごから墓場まで」式の寛容な福祉国家を少しずつ骨抜きにしてきた。苛立った有権者が「もうたくさんだ」と声を上げるなかで、デンマークで6月5日に予定されている選挙が1つの転機になるかもしれない。
デンマーク国民は、他の北欧諸国の市民たちと同様、世界でも最も高い部類に入る税金を喜んで納めてきた。全国民を対象とする医療、教育、高齢者介護サービスのために、払う価値のある代償だと考えていたからだ。
だが、公的債務削減のために歴代政権が支出を削減してきたことで、かつては無料だったサービスを自費で負担しなければならない人が増えてきた。
「デンマークでは非常に高い税金を払っている。それは構わない。だが、その見返りとして、それなりのサービスは期待してもいいだろう」と語るのは、年金生活を送るSonja Blytsoeさん。
Blytsoeさんの92歳になる母親は認知症を抱えているが、デンマーク中部のアセンス市の当局から、介護施設の居室の清掃回数を、これまでの約半分に当たる年10回に減らすという通告を受けた。
月9000クローネ(約14万7000円)の国民年金で生活している母親には、月約1000クローネを払って民間の清掃業者に依頼する余裕はない、とBlytsoeさんは言う。
こうした公共サービス削減に対して人々が溜め込んでいる怒りを示すかのように、この市当局の措置はソーシャルメディア上での激しい抗議を呼び、この件について首相が国会でコメントするに至った。結局、この決定は覆された。
こうした福祉国家のほころびは、今回実施されるデンマーク総選挙でも最重要の争点となっている。この国では、個人所得の平均36%を毎月国家に納めているのだ。
世論調査によれば、自由党のラスムセン首相が中道左派の社会民主党のメッテ・フレデリクセン氏に敗れ、政権を失うことが予想されている。
フレデリクセン氏の社会民主党は、公的支出の拡大、増税を通じた企業・富裕層による福祉サービスの費用負担の拡大、40年働いた人の早期退職を認め、近年の段階的な年金改革の一部を撤回するといった公約を掲げて大衆的な支持を獲得している。
だがラスムセン首相は、「夢を売り歩いているだけ」とライバルを批判する。
今年初めに行われたテレビ討論で、ラスムセン首相はフレデリクセン氏の年金政策について、「大勢の有権者を失望させるか、国庫に大きな穴を開けるか、どちらかになる」と指摘した。