最新記事

企業

ジョブズとクック、まったく異なる仕事の流儀

2019年4月2日(火)19時40分
竹内一正(経営コンサルタント)

危機を契機に

このようにサプライヤーでの労働問題や、地球温暖化への対応においてアップルは世界をリードしている。

だが、最初から積極的だったわけではない。それどころかアップルは、当初、知らん顔を決め込んでいた。

アップルがサプライヤー企業での劣悪な労働環境に目を向けたのは、中国での自殺事件と世間の批判からだった。

2009年、鴻海(ホンハイ)精密工業の中国製造子会社フォックスコンで、アップルに送る予定のiPhoneの試作品を、1人の中国人従業員が紛失した。結局、その若者は深夜に飛び降り自殺してしまう。それから14人の従業員が次々と自殺を図るという異常事態が起きた。彼らの年齢は17歳から25歳と若かった。

ついに世界は問題に気づき、鴻海だけでなくアップルにも批判の矛先を向けた。

これをきっかけに、アップルは180度方向転換して、サプライヤーの労働問題改善に積極的に取り組んでいくようになった。クックがCEOになるのと同じ時期だった。

環境問題では、中国に展開する欧米企業のサプライヤーで周辺環境の悪化が進んでいるという報告が中国の環境NPOによってなされたことが契機だった。

この環境NPOが欧米企業29社に環境問題の情報開示を求めた時、回答したのは28社で、アップルだけがこれを拒否した。

「アップルのもう1つの顔」という報告書をこの環境 NPOは発表してアップルを糾弾し、その結果、話し合いのテーブルにやっとアップルが着くようになったのが2011年から2012年のタイミングであった。これもクックがCEOに就任するタイミングだった。

どっちのCEOがすごいのか?

ジョブズは周りの意見を聞かず、自分の道を進む「唯我独尊」の経営者だった。自分の気に入らないことは無視するCEOでもあった。

一方のクックは周りの意見を聞き、最善解を引き出す経営者だ。自分の気に入らないことでも、向き合って解答を見つけようとするCEOだ。

ジョブズが「衝突」を恐れない経営者とすれば、クックは「調和」を重んじる経営者と言える。

どちらが優れているかどうかという議論は、的外れだ。その時の社会と時流によって答えは変わるからだ。

もしジョブズが健在で、現在もアップルCEOならば、人種差別主義者と言われるトランプ大統領には喧嘩を売り、独裁者の習近平(シー・チンピン)国家主席を罵倒しただろう。その結果、iPhone販売は減少し、アップルの業績が悪化した可能性は高い。

地球環境問題に後ろ向きなジョブズに対して環境団体は非難を連発しただろうし、サプライヤーの人権問題を放置したとして人権団体はジョブズ糾弾を繰り広げただろう。

クックはイノベーションを生むことはジョブズより上手くないかもしれないが、今の時代と社会の流れを考えれば、クックの方が時代には合っている。忘れてならないのは、いかなる経営者も時代の流れに逆らって栄光を手にすることは出来ないことだ。

applebook01.jpg


[筆者]
竹内一正(経営コンサルタント)

ビジネスコンサルティング事務所「オフィス・ケイ」代表。著書に『スティーブ・ジョブズ 神の交渉力』(経済界)、『イーロン・マスク 世界をつくり変える男』(ダイヤモンド社)ほか多数。最新刊『アップル さらなる成長と死角』(ダイヤモンド社)が2019年3月に発売。


ニューズウィーク日本版 教養としてのミュージカル入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2026年3月17号(3月10日発売)は「教養としてのミュージカル入門」特集。社会と時代を鮮烈に描き出すポリティカルな作品の魅力[PLUS]山崎育三郎ロングインタビュー

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米ロ首脳が電話会談、イラン情勢など協議=ロシア大統

ビジネス

米国株式市場=反発、イラン作戦「ほぼ完了」とのトラ

ワールド

米、ロシア産原油への制裁緩和を検討 世界原油高に対

ワールド

G7、石油備蓄放出巡り10日に協議 エネ相会合
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのミュージカル入門
特集:教養としてのミュージカル入門
2026年3月17日号(3/10発売)

社会と時代を鮮烈に描き出すミュージカル。意外にポリティカルなエンタメの「魔力」を学ぶ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    ダイヤモンドのような「ふくらはぎ」を鍛える最短ルートとは?...スクワットの真実
  • 4
    40年以上ぶり...イスラエル戦闘機「F-35I」が、イラ…
  • 5
    「一日中見てられる...」元プロゴルファー女性の「目…
  • 6
    「巨大な水柱に飲み込まれる...」米海軍がインド洋で…
  • 7
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 8
    ホルムズ海峡封鎖、石油危機より怖い「肥料ショック」
  • 9
    なぜ脳は、日本的「美」に反応する? 欧米の美とは異…
  • 10
    プーチンに迫る9月総選挙の暗雲
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 5
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 6
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 7
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗…
  • 8
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 9
    核合意寸前、米国がイラン攻撃に踏み切った理由
  • 10
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中