ジョブズとクック、まったく異なる仕事の流儀
危機を契機に
このようにサプライヤーでの労働問題や、地球温暖化への対応においてアップルは世界をリードしている。
だが、最初から積極的だったわけではない。それどころかアップルは、当初、知らん顔を決め込んでいた。
アップルがサプライヤー企業での劣悪な労働環境に目を向けたのは、中国での自殺事件と世間の批判からだった。
2009年、鴻海(ホンハイ)精密工業の中国製造子会社フォックスコンで、アップルに送る予定のiPhoneの試作品を、1人の中国人従業員が紛失した。結局、その若者は深夜に飛び降り自殺してしまう。それから14人の従業員が次々と自殺を図るという異常事態が起きた。彼らの年齢は17歳から25歳と若かった。
ついに世界は問題に気づき、鴻海だけでなくアップルにも批判の矛先を向けた。
これをきっかけに、アップルは180度方向転換して、サプライヤーの労働問題改善に積極的に取り組んでいくようになった。クックがCEOになるのと同じ時期だった。
環境問題では、中国に展開する欧米企業のサプライヤーで周辺環境の悪化が進んでいるという報告が中国の環境NPOによってなされたことが契機だった。
この環境NPOが欧米企業29社に環境問題の情報開示を求めた時、回答したのは28社で、アップルだけがこれを拒否した。
「アップルのもう1つの顔」という報告書をこの環境 NPOは発表してアップルを糾弾し、その結果、話し合いのテーブルにやっとアップルが着くようになったのが2011年から2012年のタイミングであった。これもクックがCEOに就任するタイミングだった。
どっちのCEOがすごいのか?
ジョブズは周りの意見を聞かず、自分の道を進む「唯我独尊」の経営者だった。自分の気に入らないことは無視するCEOでもあった。
一方のクックは周りの意見を聞き、最善解を引き出す経営者だ。自分の気に入らないことでも、向き合って解答を見つけようとするCEOだ。
ジョブズが「衝突」を恐れない経営者とすれば、クックは「調和」を重んじる経営者と言える。
どちらが優れているかどうかという議論は、的外れだ。その時の社会と時流によって答えは変わるからだ。
もしジョブズが健在で、現在もアップルCEOならば、人種差別主義者と言われるトランプ大統領には喧嘩を売り、独裁者の習近平(シー・チンピン)国家主席を罵倒しただろう。その結果、iPhone販売は減少し、アップルの業績が悪化した可能性は高い。
地球環境問題に後ろ向きなジョブズに対して環境団体は非難を連発しただろうし、サプライヤーの人権問題を放置したとして人権団体はジョブズ糾弾を繰り広げただろう。
クックはイノベーションを生むことはジョブズより上手くないかもしれないが、今の時代と社会の流れを考えれば、クックの方が時代には合っている。忘れてならないのは、いかなる経営者も時代の流れに逆らって栄光を手にすることは出来ないことだ。
[筆者]
竹内一正(経営コンサルタント)
ビジネスコンサルティング事務所「オフィス・ケイ」代表。著書に『スティーブ・ジョブズ 神の交渉力』(経済界)、『イーロン・マスク 世界をつくり変える男』(ダイヤモンド社)ほか多数。最新刊『アップル さらなる成長と死角』(ダイヤモンド社)が2019年3月に発売。
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