最新記事

貿易

EUと日本が作る世界最大貿易圏がトランプに勝つ日

EU-Japan trade deal comes into force to create world’s biggest trade zone

2019年2月6日(水)18時30分
エミール・クリシュナー(英エセックス大学政治学部名誉教授)

左からドナルド・トゥスク欧州理事会議長、日本の安倍晋三首相、ジャンクロード・ユンケル欧州委員会委員長 Francois Walschaerts-REUTERS

<日本とEUの新貿易協定は、トランプのアメリカ第一主義に立ち向かい、人権や気候変動に対する多国間の取り組みを確認するものだ>

日本と欧州連合(EU)間の画期的な2つの新協定が2月1日に発効した。日本・EU経済連携協定(EPA)と戦略的パートナーシップ協定だ。EPAはEUにとって市場規模の点で最大の二国間貿易協定であり、これにより世界でも史上最大の自由貿易圏が誕生することになる。

この協定で日本とEU間の関税は劇的に減り、両者間の貿易をよりシンプルでスピーディーなものにする体制が整う。それに応じて貿易量も増加するだろう。戦略的パートナーシップ協定は、核拡散防止、地域安全保障、国際テロと組織犯罪、サイバーセキュリティ対策、エネルギーと気候の安全保障といった問題で日本とEUの協力体制を確実なものにする。

この2つの協定は、国際貿易とグローバル・ガバナンスの発展において非常に重要なタイミングで結ばれたと私は考えている。ブレグジット(イギリスのEU離脱)でイギリスはEUとの関係を見直し、世界の他の国々と独自の貿易政策を構築しようとしているからだ。

より重要なのは、日本とEUのこの新たな協定が、ドナルド・トランプ米大統領の「アメリカ第一主義」の貿易政策と正反対の動きを示していることだ。2016年にアメリカ大統領に選ばれて以来、トランプは二国間協定を重視し、貿易障壁を保護主義に活用し、WTO(世界貿易機関)のような国際機関を弱体化させてきた。

自由貿易支持の立場を強調

EUと日本の二つの協定に関する交渉が締結に向けた推進力を得たのは、トランプの政策、特に環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱が予想されたからだ。大規模な貿易協定の交渉には延々と時間がかかるのが常で、EUと日本の交渉は2013年に開始していた。

日本とEU、そして特にドイツは輸出主導型の経済であり、いずれも開かれた貿易政策を支持する立場にある。トランプの保護主義的な立ち位置は、こうした国々を不安にさせている。そのためこの新協定は、ルールに基づく国際貿易システムの重要性を強く再確認するものと受け止められている。

日本が農産物に関してEUに譲歩したことは、この封印された市場の開拓を長い間望んでいたアメリカの農家には打撃だった。日・EU協定は、自由貿易を擁護する日本の姿勢を強調し、アメリカの離脱で頓挫したTPPの残骸から復活した新たな多国間貿易協定「包括的及び先進的な環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)」に、はずみをつけるものとみられている。

EUとの貿易拡大のチャンス

日・EU経済連携協定のもとで、日本は欧州から輸入する製品の97%、EUは日本から輸入する製品の99%について関税を撤廃する。日本向けに商品を輸出するEU企業はこれまで年間約10億ユーロの関税を支払っていたが、EPA発効後はその大半が撤廃される。自動車輸出など、長年にわたる多くの障壁も取り除かれるだろう。

この協定により、日本の1億2700万人の消費者市場が主要なEUの農産物に開放され、金融サービスのような分野でもEU企業が進出するチャンスが拡大するだろう。日本が今後、農産物の関税を撤廃していくにつれ、ヨーロッパ各国はチーズ、豚肉、ワインなどの消費財の輸出で大きな利益を得ることになる。

日本がヨーロッパとの通商協定に最も期待していたのは、自動車産業の輸出増加だった。 EUは現在日本製自動車に10%の関税を課しているが、今回の協定では、8年かけてゼロに引き下げることになる。自動車と自動車部品は日本の対ヨーロッパ輸出の約5分の1を占めているが、ヨーロッパの自動車市場における日本の自動車メーカーのシェアはたったの10%でアメリカやアジアよりはるかに低い。

共通の価値観と原則を確認

こうした改善点に加えて、この経済協定は様々な分野における日欧間の協力体制を強化する助けとなるだろう。持続可能な開発に対する取り組みの共有が再確認され、パリ条約に基づく気候変動への取り組みも盛り込まれている。これは貿易協定として初めてのことだ。

EU企業が日本に輸出する商品はすでに毎年580億ユーロ以上、サービスは280億ユーロを越える規模に達している。経済協定のもとでヨーロッパの対日輸出はさらに増加し、戦略的パートナーシップ協定のおかげで日欧関係はさらに前進する。世界や地域、二国間の幅広いテーマについて相互の関わりは深まるだろう。協定によって人権や民主主義、法の支配など、日・EU関係の基礎を形成する共通の価値観と原則も再確認された。

EUと日本の経済をあわせると世界のGDPの約3分の1を占める。したがって、この新しい貿易協定は世界経済を活性化するとともに、世界有数の2つの経済大国による多国間協調主義に対する強い決意を示すうえで重要なものになるはずだ。

Emil Kirchner, Emeritus Professor, Department of Government, University of Essex

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

ニューズウィーク日本版 高市早苗研究
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月4日/11日号(10月28日発売)は「高市早苗研究」特集。課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米CB消費者信頼感、10月は6カ月ぶり低水準 雇用

ワールド

イスラエル首相、ガザへ「強力な」攻撃指示 ハマスの

ワールド

米テキサス州、鎮痛剤「タイレノール」製造2社提訴 

ワールド

米中首脳、フェンタニル規制条件に関税引き下げ協議へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」にSNS震撼、誰もが恐れる「その正体」とは?
  • 2
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大ショック...ネットでは「ラッキーでは?」の声
  • 3
    楽器演奏が「脳の健康」を保つ...高齢期の記憶力維持と認知症リスク低下の可能性、英研究
  • 4
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 5
    「ランナーズハイ」から覚めたイスラエルが直面する…
  • 6
    「何これ?...」家の天井から生えてきた「奇妙な塊」…
  • 7
    「死んだゴキブリの上に...」新居に引っ越してきた住…
  • 8
    コレがなければ「進次郎が首相」?...高市早苗を総理…
  • 9
    【クイズ】開館が近づく「大エジプト博物館」...総工…
  • 10
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 4
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 10
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中