最新記事

北アイルランド問題

EU離脱、一触即発の危険を捨てきれない北アイルランド

2019年1月29日(火)20時00分
小林恭子(在英ジャーナリスト)

1月19日、北アイルランドで起きた自動車爆弾によるとみられる爆発。対英テロを行ってきたアイルランド共和軍(IRA)の犯行とみられている Clodagh Kilcoyne-REUTERS

<ブレグジット問題が危機的にこじれる原因の北アイルランド問題の核心がよくわかる>

英国が欧州連合(EU)から離脱するブレグジットまであと約2か月となったが、今月15日、EU側とメイ政権がすでに合意済みの離脱協定案が議会で否決された後、離脱自体が中止となる可能性も取り沙汰されるほどの迷走状態となっている。

議会の支持を取り付けるために大きな障害となったのが、英領北アイルランドとアイルランド共和国との間に物理的な国境(「ハード・ボーダー」)を置かないための「安全策」(通称「バックストップ」)の取決めだ。

北アイルランドでは、1960年代から英国からの分離独立とアイルランドへの帰属を求めるカトリック系住民と英国への帰属継続を求めるプロテスタント系住民との対立が激化し、互いの民兵組織によるテロや武力抗争が始まった。これは「ザ・トラブルズ」(北アイルランド紛争)と呼ばれ、3000人以上が命を落とした。

1998年、北アイルランドの帰属を住民の意思に委ねる包括和平合意「ベルファスト合意(聖金曜日協定)」が調印され、かつては敵同士だったプロテスタント、カトリックの有権者を代表する政治家がともに自治政府を構成するまでに至った。

民兵組織による攻撃の対象になりがちだった国境検問所は1990年代に次第に機能停止状態となり、現在、北アイルランドとアイルランドの間で国境検査は行われていない。

苦肉の「バックストップ(安全策)」

ブレグジット後もハード・ボーダーを置かないことを確実なものにするため、EU側と英政府が離脱協定案に入れたのが、先の安全策であった。

離脱協定案によれば、2020年12月までEUと英国は「移行期間」を置く。この間に両者は包括的な通商協定を結ぶ予定で、その際には北アイルランドとアイルランドの間にハードボーダーを置かないようにする。

しかし、もし期間内に合意がなかった場合、移行期間をさらに1年延ばすことができるが、それでも合意ができなかった場合、何としても国境検査をしないようにするために安全策が編み出された。

そのためには、まず英国全体をEUとの一種の関税同盟に入れる。同時に、アイルランドと地続きになる北アイルランドは本来はヒト・モノ・資本・サービスの自由な行き来を可能にする「EUの単一市場」にも一部参加する。北アイルランドは英国のほかの地域より、よりEUとのきずなが強くなる。
 
英国とEU、北アイルランドとアイルランド、全ての境界の関税を撤廃し、物の移動を自由にすることで、将来どのような通商関係を英国とEUが結ぼうとも、ハード・ボーダーができないようにする対策だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル、対円で横ばい 米指標再開とFR

ビジネス

米、対スイス関税15%に引き下げ 2000億ドルの

ビジネス

米国株式市場=まちまち、来週のエヌビディア決算に注

ビジネス

12月利下げ支持できず、インフレは高止まり=米ダラ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 5
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 8
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 9
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 10
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中