最新記事

朝鮮半島「非核化」

米朝核交渉を頓挫させる、北朝鮮のある「誤解」

Fake Nukes

2019年1月12日(土)14時30分
ビル・パウエル(本誌シニアライター)

12月20日の声明で、北朝鮮はアメリカが「朝鮮半島の地理を学ぶべきだ」と批判。朝鮮半島には「北朝鮮の領土に加えて韓国全域が含まれており、アメリカはそこに核を含む侵略的な戦力を配置している」と訴えた。

実際にはアメリカは1990年代前半に韓国から全ての戦術核を撤去しているが、北朝鮮はアメリカを非難する国内向けプロパガンダのような主張を対外的にも使っている。米軍の北への侵攻が朝鮮戦争勃発の引き金を引いた(実際は金の祖父である金日成〔キム・イルソン〕が南に攻め込んだ)、アメリカは朝鮮半島を永遠に分断し、いつでも北を攻撃できる態勢を取ろうとしているといったプロパガンダと同じ路線だ。

北朝鮮の指導者層が国内向けにこうした主張を展開するのは、貧困対策より軍備増強を優先させることを正当化するためだというのが、多くの外交アナリストの見立てだった。しかし、北朝鮮はアメリカや韓国との外交交渉でもこうしたおかしな主張を繰り返している。北朝鮮のプロパガンダに詳しい韓国のある学者は「彼らは公的に語ったことを信じる傾向にある。それが彼らのDNAの一部だ」と言う。

金はアメリカが韓国に核兵器を隠していると本気で信じているのか。真相は分からないが、ある米高官は、金の軍事顧問の一部は恐らくそう信じているだろうと指摘する。

「21年までの非核化」は無謀

これは問題だ。アメリカは北朝鮮の非核化プロセスにおいて、国際的な査察と核関連施設の常時モニタリングが不可欠と考えている。では北朝鮮が同じように、韓国国内の米軍と韓国軍の基地の査察を要求したらどうなるだろうか。

米朝協議でこの点が議題に上がったことはないし、仮にあったとしても米韓が受け入れることはあり得ない。だが、こうした要求が議論される可能性が存在すること自体が、米朝協議の脆弱さを示している。

北朝鮮は、米朝関係は「信頼構築」を優先して「一歩ずつ改善する」必要があるとして、北朝鮮に非現実的な要求を突き付けてトランプの歓心を買おうとするポンペオを批判した。実際、再選を目指すトランプは、金との「ディール」の成功をアピール材料にしたがっている。

皮肉な話だが、米国務省内にも当面は信頼関係の構築を優先すべきだという北朝鮮の見解に賛同する声は少なくない。彼らは本心では、2021年までに北朝鮮の非核化を実現するというトランプ政権の公の立場を無謀な目標と考えている。

まずは米朝の実務者レベルやIAEA(国際原子力機関)などの個人的な接触から始め、信頼を積み重ねることで、北朝鮮の核関連施設におけるIAEAの核安全基準の適用を模索する。北朝鮮が非核化に向けた具体的なステップに踏み出す見返りとして、早い時期に韓国から北朝鮮への資金の一部流入を認める。そして、韓国国内の核兵器保有に対する北朝鮮の懸念を和らげる方策を探る――。

多くの北朝鮮ウオッチャーは、アメリカが北朝鮮の非核化を本気で実現させたいのであれば、こうした段階を踏むことが必要だと考えている。

しかし今のところ、現実には正反対の結末――北朝鮮が対話に背を向け、トランプと金の首脳会談が単なるスタンドプレーだったことが露呈する――が待ち受けている可能性が高い。

<本誌2019年01月15日号掲載>

※2019年1月15日号(1月8日発売)は「世界経済2019:2つの危機」特集。「米中対立」「欧州問題」という2大リスクの深刻度は? 「独り勝ち」アメリカの株価乱降下が意味するものは? 急激な潮目の変化で不安感が広がる世界経済を多角的に分析する。

ニューズウィーク日本版 教養としてのBL入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月23日号(12月16日発売)は「教養としてのBL入門」特集。実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気の歴史と背景をひもとく/日米「男同士の愛」比較/権力と戦う中華BL/まずは入門10作品

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独ZEW景気期待指数、12月は45.8に上昇 予想

ワールド

ウクライナ提案のクリスマス停戦、和平合意成立次第=

ビジネス

EUの炭素国境調整措置、自動車部品や冷蔵庫などに拡

ビジネス

EU、自動車業界の圧力でエンジン車禁止を緩和へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連疾患に挑む新アプローチ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 9
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中