最新記事

ブレグジット

イギリスが出て行ってもEUの課題はそのまま

It’s OK to Lose U.K.

2019年1月31日(木)18時00分
サイモン・ティルフォード(トニー・ブレア研究所チーフエコノミスト)

近年、アメリカはヨーロッパ防衛の意欲を低下させているから、イギリスがEUに残留すれば、EUへの軍事的貢献を強いられる可能性はある。しかし防衛と安全保障は、イギリスとEUの姿勢が比較的一致する領域の1つであり、ブレグジット後もイギリスがEUとの協力を続けていく可能性はある。

欧州統合派は、イギリスという「邪魔者」がいなくなれば、EUは統合深化に取り組みやすくなるというが、これは滑稽なくらい的外れな考えだ。EUの最高協議機関である欧州理事会での投票記録を見ても、イギリスはほとんどの場合、多数派に同調してきた(ブレグジット投票までの2年間で82%、09~15年は88%、04~09年は97%)

また、EUにとって何よりも最大の問題は、ユーロ圏の足並みの乱れをいかに解決するかだが、そもそもイギリスはユーロに参加していない。ユーロ圏北部の債権国と、主に南ヨーロッパの借金まみれの国々の対立が悪化しているのは、イギリスのせいではない。

ユーロ圏の債務問題がピークに達していた11年12月、イギリスは欧州理事会に提案された政安定化策をEU共通のルール(EU協定)とすることに反対票を投じて批判を浴びた。しかしそれでもこの安定化策は、イギリス抜きの国家間合意として成立した。

また、ユーロ圏にとっては、各国が財政目標を達成するかどうかよりも、ユーロ圏全体でどうやってリスクをプールするか(ユーロ圏共同債の導入など)のほうが重要な問題となっている。この領域では、フランスのエマニュエル・マクロン大統領とドイツのアンゲラ・メルケル首相のコンビが、なんらかの打開策を導き出せるのではないかと期待されたが、これまで合意された改革は大した成果を生み出していない。

EUの防衛協力に関しては、イギリスが障害になってきたのは間違いないだろう。従ってブレグジットが実現すれば、一定の協力が進むかもしれない。しかしイギリスがいなくなったからといって、EUの軍事力強化を妨げる根本的な問題が解決するわけではない。

イギリスとフランスを別にすれは、EUの大型国が国防にかける予算はあまりにも少ない。今でこそ、その金額はわずかに増えているが、新たな不況にでも見舞われれば再び削減に転じる可能性は高い。資金をプールして軍需品を共同で調達すればコスト削減にはなるが、リソースそのものを拡大する必要性はなくならない。

ブレグジットが実現しても、EUは内向きの保護主義的機関になるわけでも、「ヨーロッパ合衆国」に向けてまっしぐらに進むわけでもない。EUの経済は縮小するが、保護主義にはならない(少なくともブレグジットの結果そうなるわけではない)。EUの統合も進むわけではないだろう。

EU統合推進派にとって、イギリスは都合のいいスケープゴートだった。そのイギリスがいなくなれば、緊急に対策を講じるべき本当に重要な問題が見えてくるに違いない。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2019年02月05日号掲載>

※2019年2月5日号(1月29日発売)は「米中激突:テクノナショナリズムの脅威」特集。技術力でアメリカを凌駕する中国にトランプは関税で対抗するが、それは誤りではないか。貿易から軍事へと拡大する米中新冷戦の勝者は――。米中激突の深層を読み解く。

ニューズウィーク日本版 教養としてのBL入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月23日号(12月16日発売)は「教養としてのBL入門」特集。実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気の歴史と背景をひもとく/日米「男同士の愛」比較/権力と戦う中華BL/まずは入門10作品

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国外相、GCCにFTA早期妥結を要請 保護主義に

ワールド

バーツ高は行き過ぎ、経済に悪影響 中銀と協議=タイ

ビジネス

午後3時のドルは155円前半、日銀会合前に円買い戻

ビジネス

中国万科、18日に再び債権者会合 社債償還延期拒否
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中