最新記事

ゲノム編集

「遺伝子ドーピング」に立ち向かう研究者の戦いはすでにはじまっている

2019年1月22日(火)15時00分
島田祥輔

世界アンチ・ドーピング機構は2018年に、ゲノム編集を使ったドーピングを禁止事項に追加した Nikolas_jkd-iStock

<遺伝子治療と同じ方法で、運動能力を高めようとする「遺伝子ドーピング」とは何か。そしてスポーツ界と研究者はどう立ち向かうのか>

スポーツ大会には常に「ドーピング」の問題がつきまとう。ドーピングとは、運動能力を高めるために選手が禁止薬物を使うことだ。しかし近年、薬物を使うのではなく、選手自身の遺伝子を書き換える「遺伝子ドーピング」という新たな問題が浮上している。遺伝子ドーピングとは何か。これまでとは全く異なるタイプのドーピングに、スポーツ界と研究者はどう立ち向かうのか。

遺伝子ドーピングも遺伝子治療も原理は同じ

遺伝子ドーピングのもととなる技術は「ゲノム編集」だ。ゲノム編集を使えば、生物がもつ遺伝子を、非常に高い精度で書き換えることができる。農作物の品種改良から病気の治療まで、応用例は多岐にわたる。

遺伝子編集「クリスパー」かつて不可能だった10の応用事例

その中の一つに、筋力が低下する難病「筋ジストロフィー」の治療がある。筋ジストロフィーのうち遺伝性の「デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)」は、筋肉の細胞で骨格を保つ「ジストロフィン」というタンパク質が遺伝子の異常によってほとんど作れないために筋力が低下する。

DMD患者の体内で、原因となる遺伝子をゲノム編集で修復できれば、DMDを根本的に治療できると考えられている。2016年にはマウス、2018年にはイヌを用いて、体内でDMDの原因となる遺伝子の異常を修復できることにアメリカの研究チームが成功した(マウスの成果イヌの成果)。ヒトへの応用も、そう遠い未来ではないだろう。

このように、ゲノム編集を用いて体内の遺伝子を直接修復して病気を治療する方法は「遺伝子治療」と呼ばれている。

もし、これを患者ではなく、スポーツ選手に実施したらどうなるのだろう。もしかしたら、強靭な筋肉となり、競技に有利となるかもしれない。

遺伝子治療と同じ方法で、運動能力を高めようとするのが、遺伝子ドーピングだ。誰もやったことがないため、本当に有利になるのか、あるいは健康被害はないのか、現時点では誰にも想像できない。だが、患者への遺伝子治療が有効だとわかってきたら、試そうとする選手(あるいはチームや国)が出てくることは否定できない。

医薬品が薬物ドーピングに使われるようになった歴史を、遺伝子治療も繰り返してしまうのか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:求人詐欺で戦場へ、ロシアの戦争に駆り出さ

ワールド

ロシアがキーウを大規模攻撃=ウクライナ当局

ワールド

ポーランドの2つの空港が一時閉鎖、ロシアのウクライ

ワールド

タイとカンボジアが停戦に合意=カンボジア国防省
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 9
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中