最新記事

地球温暖化が生む危険な「雑種フグ」急増 問われる食の安全管理

2018年12月11日(火)14時48分

種類で異なる有毒部位

日本近海で獲れるフグは50種あまり。そのうち22種は政府が食用を認めている。フグを扱う魚屋や料理人は特別の訓練を受け、強力な神経毒であるテトロドトキシンを含む肝臓や卵巣などの内臓を取り除く資格を与えられている。しかし、やっかいなことに、そうした毒性物質がある臓器の場所は、フグの種類によって異なる。時には内臓だけでなく、皮や筋肉に含まれることもある。

蟹屋には朝8時、北日本の漁師から7─8種類のフグが数十キロも運び込まれる。午前9時、メッシュの衛生帽子にエプロン姿の工場長が作業を始め、届いた大量のフグを手際よく仕分けしていく。

ぬめりのある魚を次から次へと手にとって、そのひれやとげに目を凝らす。工場長の手が一瞬、止まった。彼はフグの背を指でなぞり、廃棄用の容器に放り込んだ。ここに集められた魚は焼却処分になる。

雑種フグをめぐる論議にもかかわらず、蟹屋がフグの取り扱いを続けるのはなぜか。伊東さんは仕分けを見つめていた2人の営業社員を指差しながら、こう話した。

「お客さんが喜んで、待っているのよ。そんなものを扱えるって幸せでしょう。他の魚であまりないでしょう」。

種類不明のフグ、かつてない規模で

日本の伝統的なフグの世界を揺るがす雑種の急増。国立研究開発法人、水産研究・教育機構水産大学校生物生産学科の高橋洋准教授が最初にその事態を確認したのは6年前の2012年だった。

茨城県水産試験場から正体不明のフグが大量に捕獲されたとの電話をうけ、調べてみると、以前は漁獲量の1%にも満たなかった種類不明のフグが全体の4割近く(同年秋の調査)に上っていた、という。

「1000尾に1尾というのではなく、これまでとは違う規模で種類不明のフグが増えている。それがこの時点で分かった」と同准教授は話す。雑種のフグかどうか、素人目にはほとんど区別が付かない。交配が複雑化しているため、ベテランの目利きであっても判定しにくいことがある。

種類不明のフグは、遺伝子検査の結果、ともにトラフグ属に分類されるゴマフグとショウサイフグの交雑種であると判明した。ゴマフグの生息域は、今まで日本海とみられていたが、高橋准教授によると、海水温の上昇に伴い、対馬海流にのって津軽海峡まで北上し、さらに太平洋側に出て生息するようになった。

大規模な交雑が見られた直前の2010年と2012年は、温暖化により強まった津軽暖流に乗り、三陸沿岸を南下、もともと太平洋側に分布していたショウサイフグの生殖域に入ってきたのではないかと、同准教授は推測している。

厚生労働省の食品監視安全課は、フグの雑種の増加について9月から全国的に情報収集を始めている。一方、業界団体は、フグ調理・処理資格を各都道府県が独自の基準で審査交付している現状を改め、審査基準を全国で統一するよう政府に求めている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

プーチン大統領、トランプ氏にクリスマスメッセージ=

ワールド

ローマ教皇レオ14世、初のクリスマス説教 ガザの惨

ワールド

中国、米が中印関係改善を妨害と非難

ワールド

中国、TikTok売却でバランスの取れた解決策望む
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 3
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 4
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 5
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 6
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 9
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 10
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 5
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中