最新記事

ウクライナ

突然の戒厳令に走ったウクライナ大統領の真意

2018年12月8日(土)14時00分
マイケル・コルボーン

ウクライナ軍を視察するポロシェンコ大統領(11月28日) REUTERS

<ロシアの艦船拿捕に対する過激な反応は再選を目指すポロシェンコ大統領のスタンドプレーか>

ロシアの沿岸警備艇がウクライナの艦船を銃撃し、乗組員24人を拘束、ウクライナにとって生命線ともいえるケルチ海峡をタンカーで封鎖した――11月25日に起きたこの事件は、ある意味、4年以上前から続く両国間の戦争の一コマにすぎない。しかし前例のない出来事でもある。ロシアがウクライナに対する攻撃を公然と認めたのは、これが初めてだ。

前例がないのはこれだけではない。この事件を機に、ウクライナの首都キエフではポロシェンコ大統領が60日間の戒厳令を提案した。これには国内外の観測筋が一斉に懸念を表明。一部にはウクライナの民主主義体制の行く末を案ずる声もあった。

だがウクライナには、頼りなくても一院制の議会がある。おかげで民主主義が本格的に損なわれる事態は避けられた。

ポロシェンコは11月26日、60日間の戒厳令導入についてウクライナ議会に承認を求めた。1991年にソ連から独立して以来、初めてのことだ。「攻撃性を増すロシアに対するウクライナの防衛を強化するため」には今こそ戒厳令が必要だと、ポロシェンコは訴えた。

国内の観測筋はこの極端な提案に驚き、内外の多くの人がポロシェンコの本当の動機について考え込んだ。4カ月後に大統領選挙が迫るなか、ポロシェンコの支持率は低迷を続けていることから、選挙の延期が目的ではないかとの見方もあった。ウクライナの法律によれば、戒厳令が敷かれていれば選挙も投票もできないからだ。

その日の夜、ウクライナ議会はポロシェンコの提案を審議し、採決を行った。結果は、大方の予想を裏切るものだった。数時間にわたる緊迫した討議と水面下の交渉の末、議会は276対30で戒厳令を承認した。ただし、その内容は大統領の提案とはかなり異なっていた。

議会は役目を果たした

戒厳令の期間は60日ではなく30日間に短縮された。次期大統領選の日程には何の変更もなし。また戒厳令が適用されるのはロシアやベラルーシ、モルドバなどと国境を接する10州のみとなった。「議会はここで大統領権限の監視機構としてきちんと仕事をしてくれた」と言うのは、ロンドン大学キングズ・カレッジのアレクサンダー・クラークソン教授だ。

確かに、議会が大統領権限を抑制できることは証明された。それでもポロシェンコの真の意図と、限定的とはいえ発令された戒厳令が及ぼす政治的影響についての疑念は晴れない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、11月CPIが予想下回る 

ビジネス

トランプ氏、FRB議長候補のウォラー理事と面会 最

ワールド

トランプ氏、大麻規制緩和の大統領令に署名 分類見直

ワールド

米政権、ICC判事2人に制裁 イスラエルへの捜査巡
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末路が発覚...プーチンは保護したのにこの仕打ち
  • 2
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 6
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 7
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 8
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 9
    円安と円高、日本経済に有利なのはどっち?
  • 10
    中国の次世代ステルス無人機「CH-7」が初飛行。偵察…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中