最新記事

ブレグジット

合意なきEU離脱はイギリスの経済的な自殺行為

Hard Brexit Will Destroy the U.K. Economy

2018年10月16日(火)16時30分
サイモン・ティルフォード (トニー・ブレア研究所チーフエコノミスト)

magb181016-brexit02.jpg

ジョンソン前外相(中央)らの強硬派は合意なき離脱を辞さない構えだ Dan Kitwood/GETTY IMAGES

イングランド銀行(英中央銀行)によれば、合意なき離脱で影響を受けそうなデリバティブ取引は約38兆ドルに上る。その中には、ユーロ建て金利スワップの約90%が含まれているという。

経済的混乱でイギリス通貨ポンドは対ユーロで急落する。対ドルでも40年来の安値となり、インフレや国民の生活水準の低下を招くだろう。

そうなれば、イングランド銀行は通貨防衛とインフレ抑制のために利上げをするか、景気を刺激するために低金利を維持するかの選択を迫られる。ポンド安による急激なインフレは一時的とみて後者を選ぶかもしれないが、難しい選択だ。

不動産市場にも打撃となる。特に大幅な利上げが行われた場合の影響は大きい。利上げが回避され、資金調達コストが上昇しなかったとしても、先行き不透明感からイギリスの不動産は敬遠され、不動産価格はおそらく下落するだろう。

合意なき離脱はイギリス経済に大打撃を与える。それは間違いない。問題は景気減速の程度と回復の時期だが、早期の回復は難しいと思われる。

化学製品や医薬品などの取り扱いについては合意に至るだろうが、それでも関税は重荷になる。ホンダは部品にかかる輸入関税がイギリスで最終組み立てを行う自動車の製造原価を10%ほど押し上げると予想している。しかも、EUへ輸出すればEU側で関税がかかる。

EUからの輸入品に対する関税をゼロにすればいい、という議論もある。だがWTO(世界貿易機関)のルールに従えば、国や地域によって関税率に差をつけることは許されない。つまり、仮にイギリスがEU域内からの輸入品に対する関税をゼロにすれば、その他の国からの輸入品についても関税をゼロにしなければならない。一方でイギリスの輸出品に対する関税は残るから、イギリスの競争力が損なわれる。そんな「片務的自由貿易」は受け入れ難い。

そうなるとイギリスは(EUとの間で期限内に合意できなかった)自由貿易協定を世界中の国々と個別に結ばねばならない。ただし、そうした自由貿易協定にはサービス貿易が含まれない可能性が高い。だがイギリスの輸出額のおよそ半分はサービスであり、EU市場から締め出されれば手痛い打撃を受ける。

一方、国民の生活に最も大きな打撃を与えるのは投資の減少だ。投資協定がなければ、諸外国の企業はイギリスへの投資意欲を失うだろう。自動車やロボットなど、外国製の部品を大量に必要とする産業では特にそうだ。通貨安で人件費が相対的に下がっても、輸入時に生じるコストは相殺できない。製造コストに占める人件費の割合は下がり続けているからだ。

またインフレが進めば消費は鈍るから、企業は投資を控えるだろう。結果として生産性の向上は期待できず、従って労働者の賃金も上がらない。

合意なしの離脱は、イギリスに住むEU市民300万人の法的地位にも不確実性をもたらす。移動の自由がなくなれば大陸から働きに来る人が激減し、人手不足で経済成長が鈍る。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

インタビュー:トランプ関税で荷動きに懸念、荷主は「

ワールド

UBS資産運用部門、防衛企業向け投資を一部解禁

ワールド

米関税措置の詳細精査し必要な対応取る=加藤財務相

ワールド

ウクライナ住民の50%超が不公平な和平を懸念=世論
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中