最新記事

東南アジア

インドネシアでキリスト教の教会を突然閉鎖 大統領選控え宗教問題顕在化の恐れ

2018年10月1日(月)06時20分
大塚智彦(PanAsiaNews)

大統領選で宗教が問題化の見通し

インドネシアは人口約2億6000万人の88%をイスラム教徒が占める世界最大のイスラム教徒人口を擁するものの、「多様性の中の統一」を国是にしてキリスト教、ヒンズー教、仏教など他の宗教の信仰の自由も保障している。

しかし圧倒的多数のイスラム教徒の意向や思惑が最優先されるのが実情で、近年は「イスラム教徒優先、中心」の多様性であり、たびたび政府が国民に求める「寛容の精神」も「イスラム教徒によるイスラム教徒のための寛容」となっており、「寛容性」が形骸化しているとの指摘が強まっている。

穏健派イスラム教徒指導者だった第4代アブドゥールラフマン・ワヒド大統領(故人)の次女でワヒド研究所の代表イェニー・ワヒド女史は「大統領選では宗教が問題化されるだろう」との見方を示しており、今後選挙運動が進むにつれて宗教問題が大きな要素となると指摘している。

インドネシアの民間調査機関「調査研究機関(LSI)」が9月24日に公表した世論調査の結果によると、イスラム教徒の59%がイスラム教徒以外の大統領に反対していることが明らかになっている。この数字は同様の世論調査の結果である2016年の48%、2017年の53%と年々増加傾向にあり、今回は約6割のイスラム教徒が「大統領はイスラム教徒が望ましい」と考えていることがわかった。

こうしたイスラム教徒の意向を票に反映させることで再選を果たしたい現職のジョコ・ウィドド大統領はペアを組む副大統領候補にイスラム教指導者として著名なマアルフ・アミン氏(75)を指名している。

イスラムが優先・中心の実情

今後問題が拡大することが懸念されているインドネシアの宗教問題は単純にいえば「イスラム教徒による多宗教への批判、迫害、弾圧」と換言することができるように、圧倒的多数のイスラム教徒が自分たちの宗教信条、宗教規範を多宗教の信者に強要あるいは押し付ける形で顕在化するとみられている。

今回のジャンビ州のキリスト教会の閉鎖も不許可とはいえこれまで特に問題視されていなかったにも関わらず、周囲のイスラム教徒住民の要請が事実とすれば、なんらかの政治力が背後で圧力をかけた可能性もある。

8月21日にはスマトラ島北スマトラ州メダン市でモスクの祈りを呼びかける「アザーン」の音声がうるさいと不満を訴えた中国系インドネシア人の女性が「イスラム教を冒涜した」として起訴され、禁固18カ月の実刑判決が下されている。

政府はこうした宗教に根差す問題には敏感にならざるを得ず、この実刑判決の受けた女性の件も「女性の発言は特定宗教への憎悪表現でも敵対的扇動でもない」(インドネシア最大のイスラム穏健派組織・ナフダトールウラマ)、「女性が不満を漏らしたのは騒音問題であって宗教問題ではない」(政府人権擁護委員会)などと「宗教対立」の火消しに躍起となった経緯がある。

こうした政府やイスラム教団体の発言や動きも「所詮は他宗教の人々へのポーズに過ぎない」と地元紙などは冷めた見方を伝えており、選挙戦が盛り上がるにつれインドネシアの宗教的少数派は厳しい環境にさらされる懸念が高まっている。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

20241126issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年11月26日号(11月19日発売)は「超解説 トランプ2.0」特集。電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること。[PLUS]驚きの閣僚リスト/分野別米投資ガイド

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起

ワールド

トランプ氏、ウクライナ戦争終結へ特使検討、グレネル

ビジネス

米財務長官にベッセント氏、不透明感払拭で国債回復に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 8
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 9
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 10
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中