最新記事

中国

中国、不正ワクチン事件の核心は「医療改革の失敗」

2018年8月21日(火)13時00分
遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)

医療費に関しては海外で診療してもらう患者のための仲介業者が年間に稼ぐ金額は、2012年で2.1億元だったのに、2016年では23.5億元と11倍に跳ね上がっている。したがって医療費もまた中国国内で市場競争をさせれば天文学的数値に達するだろうと中国政府は計算している。

しかし、「養老(福祉)、教育、医療」といった民生の根幹に関わる事業こそは、社会主義国家にふさわしい「機会の平等」を重視しなければならないはず。それが他のどの資本主義の国家よりも市場化して甚だしい不平等をもたらしているのだ。

貧乏な者は教育を受ける機会もなければ、病気になっても医者に診てもらうことも薬をもらうこともできない。高齢になっても、老後は誰も見てくれないということになっている。

いま中国では「養老問題は、昔は国家を頼っていればよく、その後、自分の子供に頼るしかなくなったが、今は自分自身に頼るしかない」という言葉が、よく使われるようになった。それは「"養老、教育、医療"が"支柱産業(基幹産業)"に。誰にビンタを食らわしたのか?」という記事によく表れている。

一党支配体制には限界が

今年は改革開放40周年記念。

改革開放以来、高齢者問題も教育費の問題も、そして何よりも医療問題も試行錯誤するばかりで、何一つ成功していないのが中国の現状だ。

この中で「完全な失敗に終わっている」と断言していいのは「医療問題」である。

習近平は何度も「中国は常に改革のさ中にある」という言葉を使うが、これは「中国は改革開放に、未だ成功していない」という実態を表した本音だと捉えていいだろう。

もっと正確に言えば、「一党支配体制」の中での「中国の特色ある社会主義国家」というのは、成立しないということだ。おそらく永遠に成功しないまま、試行錯誤しては「今はまだ改革中だ!」と弁明する年月を重ねていくことだろう。

経済発展をし続けなければ「一党支配体制」は人民の支持を得ることができない。

だから内需を押し上げるために民生問題さえをも政府が負担するのではなく民営化して市場競争させる。

そんなことをしたら中国は「社会主義国家」ではなくなり、社会主義国家が救わなければならないはずの下層人民を犠牲にし、不満を蓄積していくという悪循環を抱えている。

おまけに文化大革命によりモラルを失った大衆も官僚も「向銭看(銭に向かって進め)!」と私利私欲に走り、腐敗にまみれている。

これが中国の最大の盲点だ。「権力闘争」ばかりを囃し立てて喜んでいると、中国が抱える最大の弱点が見えなくなる。

問題があまりに大きすぎるので、少ない文字数で全てを説明するのは困難だ。

少なくとも、今般の不正ワクチン事件の背景には「医療の市場化」があり、それが社会主義国家の根幹を揺るがす問題であるということが、いくらかでも説明できていれば幸いである。


endo-progile.jpg[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』(飛鳥新社)『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版も)『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

この筆者の記事一覧はこちら≫

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中