最新記事

環境

「幸せの国」ブータンの意外に不都合な真実

2018年5月28日(月)11時55分
テジ・パリク(ジャーナリスト)

人口が急増してインフラ不足に悩まされている首都ティンプー Cathal McNaughton-REUTERS

<持続可能な発展を遂げてきた小国が、工業化の代償に苦しみ始めた>

「幸せの国」ブータンが、経済成長に苦しめられている――WHO(世界保健機関)が5月初旬に発表した世界の大気汚染都市ランキングは、その不都合な真実を露呈した。ブータンの工業都市パサカが、スモッグで悪名高いインドの各都市に並ぶ上位にその名を連ねたのだ。

パサカがこれほどまでに汚染されている事実は、環境保護の信奉者というブータンのイメージに逆行する。同国が採用している独自の指標である国民総幸福量(GNH)は、良い統治、持続可能な社会経済発展、文化の保存と推進、そして環境保護を4つの柱として掲げてきた。

ブータンの南部に位置するパサカは、同国最大かつ唯一の工業地域だ。インド国境に近いことから原材料の貿易ルートに恵まれているこの町には、ケイ素鉄や鉄鋼の工場が集結。これが汚染の元凶となる一方で、経済の大部分を農業や水力発電、林業に頼っているブータン政府にとっては重要な収益源となってきた。

パサカの汚染は、ブータンの発展モデルのひずみを象徴している。インドからの補助金や移民労働者、また水力発電電力のインドへの輸出がなければ、国民皆保険や無償の教育といった発展の原動力を支える収入源をほとんど賄えない。そうした状況で、環境保護に熱心なブータン政府にとってもパサカは必要悪という存在だ。

Wi-Fiカフェも登場

もちろん、ブータンに広がる美しい自然は偽りではない。国土の60%以上を森林にすることを法制化しているため、16年には二酸化炭素の排出量より吸収量が多い唯一の国だった。この国を訪れる旅行者は美しい山々、透明な川や湖、場所によっては息をのむほど澄んだ空気について口にするだろう。

しかし今や、首都としては世界で唯一信号がないティンプーでさえ、大気汚染や騒音、汚水に苦しめられている。急速な都市化で10万人以上に膨れ上がった人口を受け入れるだけのインフラはなく、国内の全登録車両9万2000台のうち約半分が面積26平方キロの首都にひしめく。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上

ワールド

ガザ支援搬入認めるようイスラエル首相に要請=トラン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中