最新記事

シリア情勢

シリア化学兵器使用疑惑事件と米英仏の攻撃をめぐる「謎」

2018年4月17日(火)20時30分
青山弘之(東京外国語大学教授)

シリア・ダマスカス郊外のドゥーマー市 Omar Sanadiki-REUTERS

<シリアでの化学兵器使用疑惑事件と米英仏の攻撃をめぐる3つの「謎」を考察することで浮かび上がるトランプ政権の意図...>

米国は期せずしてシリア撤退の「足固め」を行い、バッシャール・アサド政権は「独裁」の汚名を隠蔽する好機を得た──米英仏が14日にシリアに対して行った攻撃の「成果」は、穿った見方をすると、こう総括できるかもしれない。

米国務省が誇示した戦果

攻撃は、7日にダマスカス郊外県東グータ地方のドゥーマー市で発生した塩素ガス使用疑惑事件への制裁措置として敢行された。

米国防省やEUCOM(米欧州軍)によると、米軍は、紅海、アラビア湾、地中海に展開していた艦艇からトマホーク巡航ミサイル66発を、また戦略爆撃機からJASSM空対地ミサイル19発を化学兵器関連施設に向けて発射した。英仏軍も戦闘機および艦艇からミサイル20発を打ち込んだ。

105発ものミサイルにより、ダマスカス県バルザ区にある「化学兵器研究施設」(ただし、シリア政府側によると、この施設は抗ガン剤などの研究開発を目的とする「製薬化学研究所」)、ヒムス市近郊の化学兵器貯蔵施設、同じくヒムス市近郊の機器貯蔵施設および司令所の3カ所で、「数年分の研究開発データや特殊機器、化学兵器の原料となる物質」を破壊するなどの戦果があがった――米英仏政府は、こう主張して作戦成功を誇示した。

aoyama2.jpg

首都ダマスカスから放たれる対空兵器(出所:SANA、2018年4月14日付)

ロシアとアサド政権による反論

だが、ロシアとアサド政権の主張は違った。シリア軍武装部隊総司令部は、ミサイルのほとんどを防空兵器によって撃破し、バルザ区の研究所内にある施設1棟が破壊されただけと反論した。

ロシア軍の発表はより詳細だった。セルゲイ・ルドスコイ参謀本部機動総局長は14日の記者会見で、シリア軍がS-200などの防空システムを駆使して、ミサイル71発を破壊したと発表した。標的についても、ダマスカス国際空港、ドゥマイル航空基地、ブライ(マルジュ・ルハイル)航空基地、ジャルマーナー市の施設(以上ダマスカス郊外県)、シャイーラート航空基地、ヒムス航空基地(以上ヒムス県)、マッザ航空基地、バルザ区の施設(以上ダマスカス県)が狙われたが、被弾したのは、マッザ航空基地(4発被弾)、ヒムス航空基地(3発被弾)、バルザ区の施設(ジャルマーナー市の施設と合わせて23発被弾)だけだったと主張した。

aoyama3.jpg

ロシア国防省での記者会見(出所:ロシア国防省HP、2018年4月14日)

情報の「ねじれ」はシリア内戦では常で、真偽の確認は難しい。だが、筆者が攻撃直後にダマスカス郊外県在住の知人に連絡したところ、弾道や爆音は聞こえたが、警戒警報は発令されず、シリア軍がミサイルを撃破するのが確認できたと言う。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ロ外相「黒海合意は世界の食糧安保のため」、停戦楽観

ワールド

ロシア・ウクライナ、黒海・エネ停戦で合意 ロ「制裁

ビジネス

海外動向など「不確実性高い」、物価に上下のリスク=

ビジネス

企業向けサービス価格、2月は3%上昇 人件費などコ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取締役会はマスクCEOを辞めさせろ」
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「トランプが変えた世界」を30年前に描いていた...あ…
  • 5
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 6
    トランプ批判で入国拒否も?...米空港で広がる「スマ…
  • 7
    老化を遅らせる食事法...細胞を大掃除する「断続的フ…
  • 8
    「悪循環」中国の飲食店に大倒産時代が到来...デフレ…
  • 9
    【クイズ】アメリカで「ネズミが大量発生している」…
  • 10
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 7
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「レアアース」の生産量が多…
  • 10
    古代ギリシャの沈没船から発見された世界最古の「コ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中