最新記事

音楽

イ・ランの『イムジン河』──ボーダーを、言葉を越えて、幾重にも折り重なった意味に思いを馳せる

2018年3月13日(火)15時30分
韓東賢(日本映画大学准教授)

臨津江のほとりでMV撮影中のイ・ラン(本人Twitter @2lang2 より)

Yahoo!ニュース個人1月3日付け記事の転載です。

韓国のシンガーソングライター、イ・ランが1日、新曲MV『イムジン河』を発表した。MVのクレジットには『イムジン河』(1968年) 作詞:朴世永、作曲:高宗漢、日本語作詞:松山猛と明記されており、ザ・フォーク・クルセダーズ版の日本詞を、手話とともに歌っている。

イムジン河(臨津江)は朝鮮半島中部にある川で、朝鮮民主主義人民共和国の南部から軍事境界線を越え大韓民国・京畿道を経て西の黄海に流れ込む。南北朝鮮を隔てる軍事境界線をまたいでいることから、南北分断の象徴となっている川だ。今回のMV撮影は、韓国側の臨津江のほとりで行われた。映像作家でもあるイ・ラン本人が監督している。

故郷と平和を思う歌

もともとは、現在の韓国・京畿道出身で解放後は北朝鮮で活躍した詩人、朴世永が南の故郷を思ってつくった詩が1957年に歌として作曲されたもので、その多くが現在の韓国エリアにルーツを持つ朝鮮総連系を中心とした在日コリアンの間で今も広く歌われている。そして、日本語詞によるもので一番有名なのが今回、イ・ランがカバーした、ザ・フォーク・クルセダーズが1968年に発表したバージョンだ。

松山猛の『少年Mのイムジン河』(2002年、木楽舎)によれば、京都の在日コリアンの多い地域で育った松山は、植民地支配の歴史や朝鮮戦争、身近で行われていた朝鮮人差別に胸を痛め、日米安保を憂慮し平和を願う多感な中学生だった。そのような思いから、いさかいが絶えない近隣の朝鮮学校と自らが通っていた中学校の間で、サッカーの交流試合を行おうと提案する。

その申し込みに訪れたときに、偶然耳にしたのがこの『イムジン河』だった。松山はその後、トランペットの練習をしていた九条大橋でやはりサックスの練習をしていたことから仲よくなった朝鮮学校の生徒に頼み、1番の歌詞とその日本語訳を教えてもらう。

「禁止」された幻の名曲

その後、美術学校を出てデザイナーを志していた松山は、アメリカ公民権運動を経たベトナム反戦のうねりのなかでフォークと出会う。さらに、ザ・フォーク・クルセダーズのメンバーと知り合い、ポスターのデザインなどの裏方を務めるようになるうち、中学生の頃に心動かされた『イムジン河』をフォークルが歌ってくれないかと加藤和彦に相談する。加藤ほかメンバーは快諾し、手もとにあった朝鮮語の1番と日本語の1番だけでは足りなかったことから、松山が2番と3番の歌詞を書いた。1966年の初演時には、大きな拍手がわいたという。

こうしてアマチュア時代からのレパートリーだった『イムジン河』は1968年、大ヒットとなったデビュー曲『帰って来たヨッパライ』に続く第2弾シングルとして発売されることになった。しかし発売前に突然、レコード会社が「政治的配慮」から発売中止を決定する。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

26年の最大のテールリスクはAI巡るサプライズ、ヘ

ワールド

インドネシアとの貿易協定、崩壊の危機と米高官 「約

ビジネス

米エクソン、30年までに250億ドル増益目標 50

ワールド

アフリカとの貿易イニシアチブ、南アは「異なる扱い」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキング」でトップ5に入ったのはどこ?
  • 3
    トランプの面目丸つぶれ...タイ・カンボジアで戦線拡大、そもそもの「停戦合意」の効果にも疑問符
  • 4
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「…
  • 5
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 6
    死者は900人超、被災者は数百万人...アジア各地を襲…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 10
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中