最新記事

台湾映画

台湾で政治映画がタブーな理由

2018年1月5日(金)16時40分
アンソニー・カオ(映画評論サイト「シネマエスケーピスト」創設者)

「正義」を実現した韓国

これに対して台湾では、政治的な映画やテレビ番組は極めて少ない。戒厳令、市長から中央政府の指導者になった政治家(陳水扁〔チェン・ショイビエン〕元総統)、アイドル主演のテレビドラマ――全て台湾にも共通するものなのに、『ユゴ』や『ザ・メイヤー』、『シティーハンター』に相当する映画やテレビ番組がないのはなぜか。

要因の1つは中国だ。台湾は大陸中国と同じ言語を話すので、大陸に輸出可能な映画の製作を求める商業的圧力が相当ある。もちろん、大陸で上映できる政治的な作品はごくわずかだ。

台湾の映画関係者にすれば、わざわざ虐殺の場面を見せて大陸の当局者や投資家を怒らせる必要はないという判断になるはずだ。もし台湾が『シティーハンター』のような比較的たわいのない、だが政治的なテーマを含むドラマを作ったとしたら? 「台湾総統」という呼称の使用すら拒否する大陸当局は、「台湾分離主義」の露骨な宣伝と見なして激怒するだろう。

従って大ヒット映画を作りたい台湾の監督や俳優は、将来の人民元を失うのを恐れて、少しでも政治色のあるものから距離を取ろうとする。その結果、台湾は政治的テーマの映画を作る意志も才能も欠くことになる。

侯孝賢がいい例だ。『悲情城市』が製作された89年の中国は、現在よりずっと寛容だった。今の侯は中台統一派の主張に寄り添う『黒衣の刺客』(15年)のような映画を作っている。

ただし、大陸の影響は唯一の要因ではない。政治的テーマの大作映画を作れば、台湾の内部で大論争になる可能性が高い。台湾は既に3度の平和的な政権交代を経験しているが、政治的な議論は依然として難しい。

原因は、「移行期正義」と呼ばれる過去の清算・和解の試みが行われなかったからだ。16年3月の世論調査では、回答者の76.3%が、過去の清算はまだ十分ではないと考えていた。

一方、韓国では92~07年に広範な移行期正義プロジェクトを実施した。92年以降、少なくとも15の真実究明委員会が設立され、国会で光州事件についての公聴会が開かれ(その後、被害者補償法が成立)、独裁政権期の大統領だった全斗煥と盧泰愚(ノ・テウ)が訴追され有罪となった。

韓国は過去30年間に公開性の高い政治的な自己洞察を実現させただけでなく、過去の悪行の当事者に責任を取らせた。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

タイとカンボジアが停戦で合意、72時間 紛争再燃に

ワールド

アングル:求人詐欺で戦場へ、ロシアの戦争に駆り出さ

ワールド

ロシアがキーウを大規模攻撃=ウクライナ当局

ワールド

ポーランドの2つの空港が一時閉鎖、ロシアのウクライ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 9
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中