最新記事

中東

イラクの経済腐敗が阻むISIS掃討戦

2018年1月27日(土)14時40分
レナド・マンスール(英王立国際問題研究所研究員)、ヒシャム・アル・ハシミ(イラク政府顧問)

イラク南部バスラでISIS掃討を進めるイラク軍部隊 Essam Al Sudani-REUTERS

<軍事作戦の成功で息の根が止まったかに見えるテロ組織は、汚職や闇市場を活用してひそかに資金を蓄えている>

テロ組織ISIS(自称イスラム国)掃討作戦が終盤に差し掛かった17年11月。有志連合のブレット・マガーク米特使はツイッターでいち早く勝利宣言をした。「偽カリフ制国家の終焉は近い」

ISISの支配地域は最盛期の14年にはイラクの約3分の1、シリアの約半分にまで拡大した。自称「国家」よろしく住民から税金を徴収して、国連から「世界一裕福なテロ組織」と呼ばれたほどだ。

それが今や支配地域の大半が奪還され、蓄えた資金の8割を失った。だが「ISISの終焉」を宣言するのはあまりに早い。彼らは戦場で敗れても、その資金調達能力はいまだ健在だ。度重なる戦争や内戦で腐敗したイラクやシリアの経済に巣くい、新たな「聖戦」に備えて資金を準備できる。ISISに引導を渡すには、資金を枯渇させなければならない。

イラク議会の北部モスル奪還に関する調査委員会の一員である議員によると、ISISは撤退時に資金4億ドルをイラク・シリア両国からいったん持ち出したという。その上で、その資金をイラクの地下経済に投資している。

イラク政府はこうした資金還流を制御すらできない。それほどまでに地下経済がはびこりだしたのは90年代以降のこと。クウェート侵攻で国際社会から原油・天然ガスの全面禁輸措置を受けたフセイン政権は、隣国のトルコやシリア、ヨルダンを経由する密輸ルートを開拓した。

そこにISISは目を付けた。イラクとシリアで勢力を拡大していた14年に、フセイン以来の密輸ルートを活用。遺跡や博物館から略奪した古美術品や金、原油の密輸に「関税」をかけることで、1日に100万ドル以上の利益を得ていた。地下経済に群がるのはイラクと近隣3カ国に広がる商人ネットワーク、それに与野党の政治家だ。

軍事作戦より資金源根絶

掃討作戦で密輸ルートを失い、「国家」から一介のテロ組織という本来の姿に戻った今、ISISは合法的なビジネスにも進出。既に投資額は2億5000万ドルを超えている。首都バグダッドや復興地域でISISが頼るのは、カネに目がくらんだ仲介者だ。過激思想とは無縁で経歴に傷がないビジネスマンや部族長が投資を引き受け、ISISがピンはねをする。

ISISが隠れみのに使う仲介者は車や家電の販売店、薬局だが、最も多いのは両替商。特にバグダッドには、ISISとつながりのある小規模な両替商が多数いるらしい。ISISはイラクの通貨で蓄えた資金をここでドルに替え、国外に送金できる。14~15年にはイラク中央銀行がドルを供給する両替商の中にISISが潜んでいたことが発覚。政府が排除を確認するのに1年近くを要したという。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ロシア中銀、ユーロクリアを提訴 2300億ドルの損

ワールド

中国が岩崎元統合幕僚長に制裁、官房長官「一方的措置

ビジネス

フジHD、33.3%まで株式買い増しと通知受領 村

ビジネス

アングル:日本株の年末需給、損益通算売りの思惑 グ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中