最新記事

パレスチナ

エルサレム首都宣言で露呈した、インティファーダができない現実

2017年12月20日(水)17時53分
土井敏邦(ジャーナリスト)

「第3次インティファーダにはならない」と予想するイスラエル有力紙『ハアレツ』紙は、以下のような根拠を挙げている。

自治政府は「和平交渉」を継続する姿勢を見せることで海外からの支援を受けられる現状を壊したくない。また西岸でハマスの勢力拡大を防ぐためにイスラエル治安当局との協力関係も継続したい。もし次のインティファーダが起これば、自治政府の崩壊につながる可能性は高い。そうなれば何万というパレスチナ人の治安要員は失業してしまう。自治政府にとって、イスラエルとの関係を保持し現状を維持する利益を手放したくはないのだ。

一方、西岸からは約5万人のパレスチナ人住民がイスラエルへの出稼ぎ労働に出て、西岸の家庭の約50%がイスラエル経済に依存している。インティファーダでそれを失うことは死活問題だ。さらにパレスチナ人住民には過去2回のインティファーダによる犠牲の記憶が鮮明で、「社会・政治問題のために何千人の民衆が自己犠牲を厭わない」空気は今の西岸にはない。

さらに、ガザ地区は封鎖状態でインティファーダの効果をイスラエル側に直接及ぼすことはできない。せいぜいロケット弾でイスラエル側の反撃を誘発し、その犠牲をアピールして国際社会の同調を得ることくらいだ。むしろ、イスラエルと自治政府との「和解」による封鎖解除を最優先としている。アラブ諸国も分裂状態で、一致団結してイスラエルやトランプ政権に対抗する状況ではない。

他方、イスラエル側も、暴動鎮圧で多くの犠牲者を出してパレスチナ側を刺激することのないよう巧妙に対応している。

このような状況では、「住民に怒りはあっても、政治的な現実主義と生活のため行動しない」という『ハアレツ』紙の見方は的外れとは思えない。

名実ともに「エルサレムがイスラエルの首都」となる日

トランプ大統領の宣言に何か利点があるとすれば、今年2月、パレスチナ・イスラエル問題の解決で「2国家共存にこだわらない」というトランプ大統領の発言が、ヨルダン川西岸ではすでに至るところにユダヤ人入植地が「虫食い状態」に点在し、土地と水資源が奪われ、パレスチナ国家の基盤が侵蝕されてしまっている現実を国際社会に直視させる機会を与えたように、今回の宣言は、東エルサレムの「ユダヤ化」が進行し、すでに将来の「パレスチナ国家」首都は非現実化されつつある現状を世界に示したことだろう。

パレスチナ人住民とイスラエル治安当局との衝突やイスラム諸国での抗議デモが下火になれば、この「エルサレム首都宣言」ニュースはメディアから忘れ去られていくだろう。しかし、「東エルサレムのユダヤ化」は着実に進行し、名実ともに「エルサレムがイスラエルの首都」となる日は遠くない。

[筆者]
土井敏邦
1953年佐賀県生まれ。中東専門誌の編集記者を経てフリージャーナリスト。85年よりパレスチナ・イスラエルの現地取材を続けている。93年からは映像取材も開始し、NHKや民放で多くのドキュメンタリー番組を発表。2009年、『届かぬ声――パレスチナ・占領と生きる人びと』4部作を完成。他にも、東京都の教育現場を描いた映画『"私"を生きる』や、『飯舘村 第一章・故郷を追わる村人たち』『異国に生きる―日本の中のビルマ人―』『ガザに生きる』(5部作)など映像作品多数。書著に『占領と民衆――パレスチナ』(晩聲社、1988年)、『パレスチナの声、イスラエルの声』(岩波書店、2004年)、『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(共著、集英社新書、2015年)など。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア黒海沿岸でウクライナのドローン攻撃、船舶2隻

ワールド

トランプ氏、グリーンランド特使にルイジアナ州知事を

ビジネス

午前の日経平均は大幅続伸、5万円回復 AI株高が押

ワールド

韓国大統領府、再び青瓦台に 週内に移転完了
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 7
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 8
    米空軍、嘉手納基地からロシア極東と朝鮮半島に特殊…
  • 9
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中