最新記事

パレスチナ

エルサレム首都宣言で露呈した、インティファーダができない現実

2017年12月20日(水)17時53分
土井敏邦(ジャーナリスト)

怒りの背後に「エルサレムのユダヤ化」

「エルサレム首都」宣言に対するパレスチナ人、とりわけ東エルサレム住民の怒りは、単に宗教的な理由だけではない。1967年の併合直後からイスラエル政府によって着々と既成事実化されてきた、いわゆる「エルサレムのユダヤ化」に対する危機感と長年鬱積した怒りがある。

イスラエル政府は、東エルサレムを占領し併合した当時のユダヤ人72%、アラブ人(パレスチナ人)28%というエルサレムの人口比率を維持し、ユダヤ人多数の「首都」を維持するために、パレスチナ人住民人口を減少させる政策を推し進めてきた。

その政策の1つが、パレスチナ人住民の住居新設または増設の禁止である。エルサレム市当局は、東エルサレムの広大な地域を将来、公園建設などを名目にした「グリーン地区」に指定した。

その区域内では私有地であっても、パレスチナ人住民は住居の新築も増築もできない。家族が増えて新築や増築が必要となり、多額の費用で建設許可を市当局に申請しても、当局から許可が下りることはほとんどない。他に手段のない住民は許可書なしで自宅を新築・増築する。すると、市当局はそれらを「違法建設物」として破壊する。

住居を失ったパレスチナ人住民は、エルサレム郊外に住居を新設するしかない。しかし検問所などでエルサレムの外に居住していることがわかれば、エルサレム住民を示すID(身分証明書)を没収され、もうエルサレムに入れなくなる。

こうやってパレスチナ人住民は東エルサレムを追われ、その跡地に公園だけではなく、ユダヤ人入植地が造られ、ユダヤ人が移住してくる。67年の占領当時はゼロだった東エルサレムのユダヤ人人口は現在20万人を超えた。

東エルサレムを追われるのは、住居の新設または増設を迫られたパレスチナ人住民だけではない。現在パレスチナ人が住む住居も、1948年のイスラエル建国以前にユダヤ人が所有していた土地は、(たとえそれが1000年前でも)申告があればユダヤ人の所有が許される「土地管理法」(1970年成立)、また土地や住居の所有者が不在の場合は「不在者財産管理法」(1950年成立)によって「合法的」にイスラエル当局に没収される。

やがてそこにユダヤ人入植者が住み着くことになる。そのようにして東エルサレムのパレスチナ人は住居を追われ、ユダヤ人入植者にとって代わられ、東エルサレムの「ユダヤ化」は着々と進行していく。

第3次インティファーダは起こらない?

パレスチナ人の怒りはインティファーダ(民衆蜂起)に発展していくのか。

「(ヨルダン川)西岸のパレスチナ人とりわけ都市部の住民は、蜂起によって失うものを持っているから、動きません」と私に語ったのはある人権NGOの代表だった。1994年のパレスチナ自治政府の誕生後、都市部では一定の経済活動が自由になり、中流階級が育ってきた。商業都市ラマラ市やその近郊では、新築の住居ビルが建ち並び、高価な車が走り回るようになった。「ほとんどローンで購入したものです。彼らは蜂起でその財産を失いたくはないのです」というのである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 9
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中