北京から「底辺住民」を追い出す中国の不条理
打ち捨てられた出稼ぎ労働者の生活用品 Jason Lee-REUTERS
<都市化の荒波に翻弄される出稼ぎ労働者。経済発展の陰の担い手を排除する動きが始まったが>
北京市内には、出稼ぎ労働者など「低端人口(底辺住民)」と呼ばれる人々が暮らす地区が数多くある。11月18日にその1つで火災が発生。簡易宿泊施設が焼けて19人が死亡した。
これを機に市当局は、危険な建造物を年内に一掃すると発表した。違法な住居がひしめく計4000万平方メートルが対象で、08年の北京五輪に合わせた浄化作戦以来の規模となる。
住人の大半は、市内に810万人いる出稼ぎ労働者とその家族だ。寒さの厳しいこの時期に立ち退きを迫る強硬策に、知識人や国際人権団体から抗議の声が上がっている。
表向きは首都の安全対策だが、実際は、都市への無秩序な移住を抑制する計画の一環だ。中国全土で鉄道など交通網が発達し、地方の人々が中国東部の大都市に押し寄せている。地方の発展に貢献できるはずの人材が流出して、都市の不十分なインフラや社会サービス、資源に負担が集中しているのだ。
出稼ぎ労働者は中国の発展に不可欠な要素だが、目に見えにくい存在でもある。店の裏の調理場やフェンスに覆われた建築現場など、社会の暗がりで彼らが製造し、建築し、配達するものが、増え続ける中流階級の暮らしを支えている。
生活の質も、都市の地元住人とは懸け離れている。都市住民から軽蔑するような視線を浴びることも少なくない。中国の労働力の40%近くを占めながら、異質なものとして扱われる。それを助長するのが、現状維持を望む政策と社会構造だ。
色あせる都市生活の魅力
中国の戸籍制度は、移住者の「都市戸籍」の取得を厳しく制限している。さらに、違法就労の慣習と劣悪な労働環境が、出稼ぎ労働者の権利を侵害する。
このような状況は、精神的な健康にも影響を及ぼす。都会に暮らす移住者の多くが、無力感や孤独感、気分の落ち込みを経験している。WHOによれば自殺率は全国平均の3倍だ。
労働者の人権保護団体「中国労工通訊」によると、遠方からの出稼ぎ労働者の21%が家族を連れて移り住む。都市の中心部に暮らす移住者の子供の数は、05年からの5年間で41%増えた。ただし、都市の教育制度は基本的に利用できず、移住者向けの非認可の学校に通う。北京では移住者の子供の3.5%が通学していない。