最新記事

電気自動車

イギリスのEV移行に電力不足がブレーキ、巨額投資必要に

2017年9月8日(金)15時30分

<電力損失の発生リスクも>

英国全体で需給の緩みがあったとしても、地域の送電網や配電ネットワークは需要増の影響を受けるだろう。

スコティッシュ・アンド・サザーン・エレクトリシティ・ネットワークスの実験によると、家庭で3・5キロワットの充電器を使い、制限なくEVを充電すれば、消費電力は通常の倍の2キロワットまで増えるという。より容量の大きい充電器をつかえば、さらに大きな負荷がかかる。

同社でアセットマネジメントを担当するスチュワート・リード氏は、顧客の4割から7割がEVを保有して3・5キロワットの充電器を使って充電した場合、地域送電網の3割で電力損失などのトラブルが発生するリスクがあると語る。

夜の時間帯に充電を拡散した場合、ケーブルや変電施設などの更新にかかる費用約22億ポンドが節約できるという。

電気容量の問題は、家庭でも起こりそうだ。

送電事業者ナショナル・グリッドによれば、自宅でEVを充電する場合に、電気湯沸かし器やオーブンなどを同時に使うと、ブレーカーが落ちる可能性がある。「家庭での電気供給は1つのピンチポイントだ」と同社は解説している。

また同社は、43%の英国世帯は屋内外の駐車場を持たず、夜寝ている間に充電することができないと述べている。

解決方法の1つは、スーパーなどに公共の充電ポイントを設け、買い物をしている間に充電できるようにすることだ。だが、電力網への負担が最も軽くなる深夜に買い物に出たがる人は多くないだろう。

仮に電力網が負担に耐えられたとしても、現在1万3000ある充電ポイントをさらに増やすにはコストがかかる。

「英国は2040年までに100万から250万の充電スポットが新たに必要だ。充電スポット開設には、1カ所あたり平均で2万5000─3万ユーロかかるため、2040年までに330億─870億ユーロの投資を要する」と、ウッドマッケンジーのウェッツェル氏は言う。

<妨げられた成長>

現在英国にある9つの原発は、計9ギガワットを発電できるが、寿命が延長されない限り、そのうち8つが2030年までに閉鎖される予定だ。さらに、12ギガワット分の石炭火力発電所が2025年までに閉鎖される。

昨年末の時点で、ガス火力発電は合計32ギガワットに達しており、政府はさらにガス火力発電所を増やせば、石炭火力発電所の閉鎖分を補えるとしている。ただ、大口電力価格の低迷によって、新たな投資が抑制されている。

この3年に開設されたなかで最大の884メガワットを発電するガス火力発電所が、昨年マンチェスターで稼働を開始した。建設費用は7億ポンドだった。だが、近隣に2ギガワットのガス発電所を建設する計画は、8億ポンドの投資集めに苦戦し、行き詰っている。

考えられるリスクは、電力需要拡大に化石燃料を使って対応することで、従来型車両が現在排出しているよりも大量の温室効果ガスを排出する結果を招く可能性があることだ。

ノルウェーは、世界で最も人口当たりのEVの所有数が多く、1月には新車販売の37・5%がEVだった。だが同国は、ほぼ全ての電力を、温室効果ガスを排出しない水力に頼っている。

政府は、老朽化する発電所の刷新と電力需要増に対応するため、2035年までに140ギガワット近い発電能力が必要になると予測している。これは、現在より30ギガワット多い規模だ。

電力源としては、陸上と洋上の風力発電、ガス、バイオマス、原子力、また欧州からの電力供給などが考えられる。

しかし英国は、原子力発電所の新規建設に苦戦している。仏電力大手EDFが建設している発電量3・2ギガワットのヒンクリー・ポイントC原発が稼動するのは、最短で2025年だ。

必要な投資のほとんどは、民間セクターの負担となる。だが、専門家は、電力・ガス市場規制局(OFGEM)も含めた政府が、安定したエネルギー・ミックス(電源構成)の実現を後押しし、欧州大陸とのインターコネクターなどのインフラ整備を実施しなければならないと指摘する。欧州大陸と電力網を結べば、需給にあわせて電力の輸出入が可能になる。

「再生エネルギーやインターコネクター、新規のガス火力もしくは原子力発電所が増加すれば、必要な電力は賄える。だがその実現には、政府やOFGEMの支援が必要だ」と、米コンサルティング大手KPMGのサイモン・バーレイ氏は言う。「それでも、地域のピンチポイントや送電ネットワークの安定の問題には、疑問符が付きまとう」

Nina Chestney

(翻訳:山口香子、編集:下郡美紀)

[ロンドン 1日]


120x28 Reuters.gif

Copyright (C) 2017トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ、米軍駐留の可能性協議 ゼレンスキー氏「

ワールド

ロ、和平交渉で強硬姿勢示唆 「大統領公邸攻撃」でウ

ワールド

ウクライナ支援「有志連合」、1月初めに会合=ゼレン

ワールド

プーチン氏公邸攻撃巡るロの主張、裏付ける証拠なし=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 5
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 6
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 7
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 8
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 9
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 10
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中