最新記事

ミャンマー

ロヒンギャを襲う21世紀最悪の虐殺(前編)

2017年9月20日(水)16時00分
前川祐補(本誌編集部)

rohingya170920-03.jpg

rohingya170920-04.jpg

日本で暮らすゾーミントゥット(下写真)は自営業を営みながらロヒンギャの惨状を国際社会に訴える Hajime Kimura for Newsweek Japan

当時の首都ヤンゴンの大学に通っていた時、住んでいた場所から歩いて15分の所に彼女の家があった。自宅軟禁されていたスーチーは、庭先でよく演説を行っていた。ゾーミントゥットは実家のあるラカイン州を出た後、ミャンマーの政治状況を詳しく知る。ロヒンギャ迫害だけでなく、国全体を支配する軍政の圧政を知り、怒りを覚えた。

88年の大規模な学生運動をきっかけに、民主化の機運が再び高まっていた頃だ。彼は大学の友人らとたびたびスーチーの家に足を運び、演説に聞き入った。

95年のある日、スーチーはゾーミントゥットらを自宅に招き入れた。91年にノーベル平和賞を受賞した偉大な人物は、学生たちにこう話した。「あなたたち、言いたいことがあるのでしょう? なぜそれを口に出さないの?」

彼女が発した言葉はそれだけだった。当時、軍の厳しい監視下にあったスーチーは、具体的な政治行為を促す発言を禁じられていた。たった5分間の出会いだったが、打倒軍政の思いを奮い立たせるには十分だった。

翌96年、ゾーミントゥットは88年以降で最大規模となる民主化デモに参加し、学生たちを指揮した。だが、軍の前に学生たちは無力だった。即座に捕まり、4カ月間拘束された。釈放後も当局の取り締まりが終わることはなく、ヤンゴン出身の友人たちの家には次々と軍が入り込み、暴行を加えた。

それでも、ロヒンギャであるゾーミントゥットの危険度は、ミャンマー人の友人たちとは格段に違う。ゾーミントゥットが次に捕まれば、それは死に近づくことを意味する。

当局の追跡を避けるためヤンゴン市内を逃げ回り、友人やその知り合いらの家を転々とする。時に古びた工場に逃げ込み身を隠した。移動は夜、暗闇の中だ。半年間ほど逃亡生活を続けたが、「もう逃げ切ることができない」と考え、生き延びる手段として国外脱出を決断。つてを頼って偽造パスポートを扱うブローカーにこぎ着けた。

98年、偽造パスポートの作成料とブローカー料、当局への賄賂と東京行きの航空券含めて約8000ドルを支払い、「パスポート」を手にした。名前も生年月日も異なるパスポートを。

それから19年。ゾーミントゥットは今、日本の埼玉県桶川市に家族と共に暮らしている。

「怖かった。偽造パスポートがばれて連れ戻されるのではないかと不安だったから」――。来日した当時の様子を、今も怯えるように話す。

来日直後は、夜勤のアルバイトで生計を立てた。慣れない文化や社会にとまどいつつ、日本の生活に溶け込むため日本語を必死で覚えた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

カタール空爆でイスラエル非難相次ぐ、国連人権理事会

ビジネス

タイ中銀、金取引への課税検討 バーツ4年ぶり高値で

ワールド

「ガザは燃えている」、イスラエル軍が地上攻撃開始 

ビジネス

独ZEW景気期待指数、9月は予想外に上昇 「リスク
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中