「癌は細胞の先祖返り」新説は癌治療の常識を変えるか
現在の治療は基本的に、癌細胞の分裂を抑制することを目指す STEVE GSCHMEISSNER-SCIENCE PHOTO LIBRARY/GETTY IMAGES
<ニューズウィーク日本版8月1日発売号(2017年8月8日号)は「癌治療レボリューション」特集。癌研究・ケアの現場で標準治療の殻を打ち破って新たな道を切り開く、常識外れの「革命家」たちに迫った。本記事は、特集の1記事「宇宙研究者が挑む癌のミステリー」を一部抜粋・転載したもの>
既存の癌研究の問題は明らかだと、宇宙の起源や地球外生命体についての研究で有名なアリゾナ州立大学(ASU)のポール・デービーズ教授は思っている。「金を費やせば問題を解決できると思い込んでいる」、つまりカネはつぎ込まれているが、知恵が足りておらず、その結果として癌は多くの謎に包まれた病気であり続けているというのだ。
理論物理学者のデービーズは、癌研究では「よそ者」だが、従来の考え方より優れたアプローチを見いだしたと主張している。「知恵を使えば、問題を解決できると思う」
デービーズは数年をかけて、癌のメカニズムに関して大胆な仮説に到達した。癌は、複雑な生命体が登場する以前へと進化のプロセスを逆戻りする現象なのではないかというものだ。この仮説によれば、癌になった細胞は、10億年前の地球に多く見られた単細胞生物のような状態に「先祖返り」する。
興味を示す研究者もいるが、ばかげていると切って捨てる研究者のほうが多い。人間の細胞が藻やバクテリアのような原始的な形態に逆戻りするという仮説は、多くの科学者にとって、あまりにとっぴに思える。
しかし次第に、ひょっとするとデービーズの仮説が正しいのかもしれないと示唆する証拠が登場し始めている。もしもこの説が正しければ、既存の癌対策のアプローチは全面的に間違っている可能性が出てくる。
デービーズはもともと、癌研究に取り組むつもりはなかった。しかし、07年のある日、国立癌研究所(NCI)の副所長だった生物学者のアナ・バーカーから電話がかかってきた。NCIは当時、化学、地質学、物理学などの異分野の知見を癌研究に取り入れたいと考え始めていた。
09年以降、12の研究機関がNCIの助成を受けて、異分野から癌研究にアプローチし始めた。この助成対象として選ばれた中に、デービーズの「ASU物理科学・癌生物学融合センター」の設立計画も含まれていた。
物理学者として、「宇宙はどのように始まったのか」「生命はどのように誕生したのか」といった根源的な問いを考えてきたデービーズは、癌研究にも同様のアプローチで臨んだ。まず考えたのは2つの問い。「癌とは何か」「なぜ癌は存在するのか」。これまで何十年もの歳月が費やされ、100万点を超す論文が書かれてきたが、これらの謎は解き明かされていない。
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癌と酸素の関係が示すもの
デービーズが着目したのは、癌が多細胞生物の間で一般的な病気だという点だった。多くの動物が癌にかかるということは、ヒトという種が地球上に誕生するずっと前からこの病気が存在した可能性が高い。
14年には、ドイツのキール大学のトーマス・ボッシュ教授(進化生物学者)率いる研究チームが、ヒドラの2つの種で癌を発見している。ヒドラは、単細胞生物から多細胞生物への進化を遂げた初期の生物の1つだ。「癌は、地球上に多細胞生物が誕生したときから存在していた」と、ボッシュは当時述べている。
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