最新記事

日本政治

小池都政に「都民」と「民意」は何を求めているのか

2017年6月23日(金)16時05分
金井利之(東京大学大学院法学政治学研究科教授)※アステイオン86より転載

(3)小池都政の《民意》

 都民が求めるのは、都政の課題を誠実に解決し、結論を出して、都民生活に必要な行政サービスを提供することではない。ただ、ワイドショー的に「課題を掘り起」こして「注視」「注目」を集め「見て、知って」頂ければよい。例えば、築地市場も東京五輪会場も予算規模も、都民にとっては他人事の「遊興」でしかない。予算など名目的に圧縮しても結果的に膨れ上がるのは都民も知っている。豊洲新市場の安全・安心などの着実な解決など、平均的都民は求めていない。むしろ、推理ドラマのように「犯人探し」を求める。都政の判断によって被害や影響を受ける人の痛みを、都民は感じない。利害関係者は単なる「助演俳優」でしかなく、「迫真の演技」であればあるほど、「遊興」度が増す。「小池劇場」には「大きな黒いネズミ」(悪役・敵役)も必要であり、「歴代市場長」や「都議会のドン」がやり玉に挙がり、石原慎太郎・浜渦武生正副知事も都「戯」会「戯」場に「出演」した。

 都政においては、都知事・都議会議員を統制する民意は存在しない。代表民主主義の原理と利害関係集団の多元主義が貫徹する都性では、都民も民意も基本的に不在である。真面目な都政運営を期待せず、「遊興」を求める《民意》があるだけである。ただ、特段の「好演」をしなくても、都議会多数派と談合している限りは、都政運営は進む。但し、《民意》は退屈している。そのとき、都知事が都議会多数派と談合しないためには、都民に「遊興」を提供し、都議会との対決も「遊興」として提供して、《民意》を喜ばせていく必要がある。

 これまでの都性においては、選挙結果は必ずしも民意でも〈民意〉でもない。圧倒的な選挙民の投票結果でさえも、都知事の正統性の政治資源とはならない。他の自治体とは異なり、都性では代表民主主義の原理が相対的に維持されている。それゆえ、都政では、マニフェストも都民投票・プレビシットも大量都民参加も、いずれも回避されてきた(注15)。都性での《民意》とは、都政が提供する「遊興」に対して、観客としての満足/不満足を示すものである。都民とは視聴者である。《民意》は、都知事による操作の対象ではあるが、《民意》は都知事の行動を統制しない。しかし、〈民意〉によって都民を統制することもない。ただ、都知事の地位は都民が直接投票する「オーディション」で決まる以上、《民意》は「主演」の継続を左右する面はある。そこに、《民意》が〈民意〉に転化する可能性が開かれている。

おわりに

 "民意"には、[民意]、民意、〈民意〉、《民意》などと、多様な形態がある。多くの自治体では、一九九〇年代以降の「改革」の帰結として、それまでは[民意]しかなかったのに対して、代表される住民の意思が登場し、それが民意として正統性を持つようになってきた。それゆえに、選挙結果を〈民意〉で事後正当化できるため、首長は〈民意〉を政治的資源として、他の政治家や個々具体の住民・団体の反対・抵抗を抑圧する自己正当化の手段に使い出す。そこでは、選挙結果=〈民意〉の威光によって、実際に生活する個々の住民の具体的意思や民意を否定する逆流現象が生じる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ABCの免許取り消し要求 エプスタイン

ビジネス

9月の機械受注(船舶・電力を除く民需)は前月比4.

ビジネス

MSとエヌビディア、アンソロピックに最大計150億

ワールド

トランプ政権の移民処遇は「極めて無礼」、ローマ教皇
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中