最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く

困難と良心を前にして──マニラのスラムにて

2017年6月8日(木)16時40分
いとうせいこう

少年少女へのアウトリーチ(出張)

さて、MSFに関係のある話に戻ろう。

さらに翌日の26日早朝には、小雨の中でトンド地区へ向かい、やがて小さな川沿いにある竹で作った南の島風の小屋へ着いた。入ってみると中にぐるりとベンチがあり、意外に収容人数は多そうに見えた。

少し待っているとそこに近所の子供たちが集まってきた。聞けば11歳から15歳くらいの多感な時期の少年少女、十数人であった。鶏が朝の鳴き声を響かせる中、ジュニーやあの身体的性別と同一性が異なる"女性"スタッフらがせっせと彼らに名前を書かせ、ベンチに子供たちを座らせた。

そして始まったのは男性器、女性器の断面図を見せての生殖の仕組みの講義。タガログ語で"彼女"が何か問うと、ひどく恥ずかしそうだった子供たちが一斉に「オポ」と声を合わせる。意味が何かわからないが、少なくとも彼らはきちんとした教育を受けており、何かを教えてくれる人に対しての集中力を切らさないのだった。

ito0607d.jpg

峠の休憩所みたいな感じの「教室」

やがて講義者が変わり、「今みんなの体には変化が起きているでしょう」「心にも変化は起きていて、それぞれ男女として魅力が出てくるよね」などと話しかける。そこからつまりは精子の話、月経の話、妊娠の話などしてゆくのだけれど、自らの身に急激な成長が起きている子供たちのとまどいや照れがいちいち伝わり、むしろ50代半ばの俺こそが彼らの顔を見られなくなって赤面した。

けれど話が進むにつれ、子供たちは一人ずつで話を聞く表情になり、質問されれば答え、たとえにうなずき、時にはケラケラとよく笑った。短い間にさえ彼らの心は育っているのだった

また講義者が"彼女"に交代された。 


「人を好きになったことあるひとー?」

そう呼びかけると、たくさんの子供が手をあげた。なんだか俺も青いような気持ちを刺激され、そんな時期があったなあと目が細くなった。人を好きになっても安易に性行為をしちゃだめだし、HIVにも気をつけなきゃだめだと"彼女"は言った。子供たちは真面目な顔で何度もうなずいた。もちろん俺も。

最後にジュニーがみんなを立たせ、「1・2・3」と拍手させ、右足を「1・2・3」と踏ませ、「イエス! イエス! イエス!」と叫ばせた。ノイズバラージュの基礎版みたいなものに見えた。マニラっ子は団結力をそうやって養い、自分たちを守るのだと思った。

面白いのはすべてが終わったあとでチョコクッキーとペットボトルのお茶が配られることで、それはフィリピンでのあらゆる集会の約束事なのらしかった。しかも配りながらジュニーはまだ子供たちに「性暴力や虐待を受けたら僕らでも他の団体でもいい、泣き寝入りしないでバランガイの大人や警察に言うんだよ」と熱心に話しかけるのだった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

プーチン氏、一部の米提案は受け入れ 協議継続意向=

ワールド

韓国検察、尹前大統領の妻に懲役15年求刑

ビジネス

英サービスPMI、11月は51.3に低下 予算案控

ワールド

アングル:内戦下のスーダンで相次ぐ病院襲撃、生き延
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 3
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 4
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 7
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止…
  • 8
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドロー…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中