セックスとドラッグと、クラシック音楽界の構造的欠陥
彼女のように1970年代に音楽の道を選んだ若者たちを後押ししたのは、「社会を豊かにする公共の利益」として音楽をもてはやす1960年代以降のカルチャーブームだったと、ティンドールは指摘する。
「音楽は社会のためになる崇高なもの。だから公的資金によって支えるのが当然である」という風潮のもと、アメリカのオーケストラや音楽学校は公的資金や寄付金を頼りに、実際の需要に見合わない拡大を続けていった。そうしてブームがとっくの昔に終焉を迎えた後もなお、クラシック界はかつての虚像を追い続け、受け皿のない業界に大量の学生を送り込み続けているのだ。
そんないびつな構造を厳しく批判する一方で、ティンドールはプロの音楽家を志す読者に訴えかける。低い賃金、不安定な雇用、長時間におよぶ単調な練習、そういった厳しい現実をすべて受け入れられるほど自分は真に音楽を愛しているか、もう一度自らに問いかけてほしい、と。
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彼女の音楽への愛は確かに本物だったはずだ。それは本書の随所から伝わってくる。重い心臓病を抱えるピアノ奏者サムとの心通い合うリサイタル、オーケストラの息がぴったりと合ったときの魂の震えるような感動、人生初のソロリサイタルで感じた音楽への深い喜び――。
だが、そんな彼女でさえ長年のフリーランス生活に疲弊し、何十回目かのオーディションに落ちたあるとき、虚無感とともに思うのだ。「もうたくさんだった。自分がこんなことを好きでやってる振りをするなんて、もうたくさんだ」
結局、ティンドールは39歳にしてプロの音楽家の道を捨て、大学のジャーナリスト学部で学びなおす決意をする。ニューヨークを発つ前の最後の夜の逸話が印象的だ。シティ・オペラで代理演奏を務めた彼女は、皮肉にも音楽人生でそう何度もないような会心の演奏を披露する。同僚の楽団員からの賛辞に、しかし彼女はもはや舞い上がることはなく、心のなかで冷静にこうつぶやくのだ。
「今夜の演奏は、天から偶然降ってきた素敵な贈り物にすぎない。ごく稀にしか実をつけない木から、たまたま完璧な木の実が採れただけのことだ」
それはまさに音楽という芸術の美しくも残酷な本質なのだろう。そしてその本質は、本来「仕事」という枠組みとは相いれないものなのかもしれない。
『モーツァルト・イン・ザ・ジャングル【上】
~セックス、ドラッグ、クラシック~』
ブレア・ティンドール 著
柴田さとみ 訳
ヤマハミュージックメディア
『モーツァルト・イン・ザ・ジャングル【下】
~セックス、ドラッグ、クラシック~』
ブレア・ティンドール 著
柴田さとみ 訳
ヤマハミュージックメディア
トランネット
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