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シリア

ロシアとトルコの主導で、シリアは和平に向かうのか?(前編)

2017年2月6日(月)17時30分
内藤正典(同志社大学大学院教授)

ロシアとシリア、どちらか主人だったか?

ロシアとシリアの協力関係は、ロシアにとってはソ連時代、シリアにとっては現大統領の父、ハーフィズ・アサド大統領の時代にさかのぼる。ハーフィズは軍内部で実権を掌握し1971年に大統領となった。冷戦の時代から、ソ連はシリア国内に基地をもっていた。地中海岸のタルトゥースが有名だが、現在はアサド政権の基盤であるラタキアにもある。1980年代、シリア軍は対イスラエル防衛のためにミサイル基地をいくつも持っていたが、いうまでもなく、そこに配備されていたのはソ連製のミサイルであり、同時に、ソ連の軍事顧問団を置いていた。冷戦構造という図式的な理解をするなら、シリアがソ連の陣営にあり、イスラエルがアメリカの陣営にあって互いににらみ合うという構図になる。

しかし、シリアに関していえば、アサド政権がソ連を利用していた。ソ連軍を人質にとっていたと言ってもよい。ソ連軍の基地やミサイルを配備している限り、イスラエルは攻撃できなかったからである。シリア国内の軍事拠点は、中東におけるソ連のプレゼンスにとって不可欠だったが、ソ連崩壊後のロシアにとって、その意味は格段に重要となった。自らパトロンとなる社会主義国を失ったロシアには、シリアを除くと地中海からアフリカにかけての地域で軍事的プレゼンスを示す基地がない。シリアを失うと、最も近い黒海の艦隊はNATO加盟国であるトルコのイスタンブールにある狭いボスポラス海峡を通過しなくては地中海に出られない。

ソ連が崩壊し、冷戦が終焉を迎えた時にシリアが取った行動は、この国の体制がいかに実利を重視するものだったかをよく表している。1990年、サッダーム・フセインのイラクは突如クウェートを侵略し、翌年には米国を主導とする多国籍軍によるイラク攻撃、湾岸戦争が勃発した。この時、シリアは混乱の中にあったソ連(ロシア)を見限ったかのように多国籍軍に参加している。シリアとイラクは80年代以来、同じバース党政権でありながら対立関係にあったから筋は通っているのだが、あの戦争がアメリカ主導で行われたことは中東でも広く知られていたから見事に転身を図ったと言えるだろう。つまり、アサド政権のシリアは大義やイデオロギーではなく、実利をもとに動くと解釈すればいいのである。政権の正統性を批判しない限り、国民の経済活動に自由は保証されていた。スマートな独裁政権としての性格は、基本的に次男のバッシャールが政権を継いだ後も変わらなかった。

【参考記事】<写真特集>教育も未来も奪われて働くシリア難民の子供たち

しかし、政権を批判する者には容赦しなかった。今回、「アラブの春」と呼ばれた一連の民主化運動がシリアに波及するとは私は思っていなかった。それはシリア国民のあいだに、1982年2月にハマで起きた虐殺の記憶が残っていたからである。スンナ派イスラム主義のムスリム同胞団によるテロは1980年代初頭に頻発していた。政権側は猛反撃に出て、ついに保守的なスンナ派が多いハマを同胞団の拠点都市として包囲し激しい攻撃を加えた。人権団体が伝える犠牲者の数には数千人から数万人まで相当の幅があるが、今回のアレッポと同様、都市を徹底的に破壊する攻撃が加えられた。ひとたび反旗を翻せば、どれだけ悲惨な事態を招くか、四十代以上のシリア人は記憶していた。だが、若者たちはその記憶よりも、一連の民主化運動に突き動かされた。その結果が現在の惨状である。恐怖の統治は、バッシャール・アサド政権下で影を潜めていたかにみえたのだが、政権への反逆者に対するシステマティックな弾圧の方法と機関は健在だった。

シリアで多数を占めるのはスンナ派ムスリムである。アサド家の信仰はアラウィ派という少数宗派だが、政権は世俗的でイスラム主義を拒否していた。犠牲者の多くがスンナ派だったため、チェチェン、アフガニスタン、イラク、エジプトなどから、ありとあらゆるスンナ派ジハード組織が死に場所を求めて入り乱れて乱入した。彼らの通行を黙認したのはトルコである。反政府勢力側には、トルコ、カタール、サウジアラビア、アメリカなどが武器や資金面で支援をしていた。2015年後半あたりから、ロシア・イランはアサド政権側への軍事支援を強化したから、ここ2年の間は、内戦というよりも戦争というべき事態に陥った。アサド政権は、一貫してこの反政府勢力の攻撃を「テロ」と断じているから、いかに残虐な手段で自国民を殺害しても、それはテロとの戦いにつきものの「やむを得ざる犠牲」にすぎないとの立場をとり続けた。

後編に続く

≪執筆者≫
内藤正典(同志社大学大学院教授)

1956年東京都生まれ。東京大学教養学部教養学科科学史・科学哲学分科卒業。社会学博士。専門は多文化共生論、現代イスラム地域研究。一橋大学教授を経て、現在、同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授。著書に『イスラム――癒しの知恵』『イスラム戦争 中東崩壊と欧米の敗北』(ともに集英社新書)『ヨーロッパとイスラーム』(岩波新書)『トルコ 中東情勢のカギを握る国』(集英社)など多数。

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