最新記事

歴史問題

アパホテル問題の核心~保守に蔓延する陰謀史観~

2017年1月27日(金)15時00分
古谷経衡(文筆家)

 1936年から1938年にかけて、ソ連はスペイン内戦に介入し、多数の共産党員や軍事顧問団をスペイン政府軍側に送った。しかし、ソ連が支援したスペイン政府軍は、反乱軍たるフランコ将軍に勝てなかった。あるいは1941年6月、独ソ不可侵条約を侵犯してドイツ軍がソ連領に殺到した。ソ連軍は散々蹂躙され、すわモスクワ陥落寸前にまで戦局は悪化した。コミンテルンが毛沢東や蒋介石を意のままに動かし、ひいてはルーズベルトまでを操って日本に戦争を仕掛けるように差し向けるほどの実力を持っているのだとしたら、どうしてフランコに勝てないのだろうか。どうしてドイツ軍に対して独ソ戦緒戦で完全敗北を重ねたのだろうか。このように「コミンテルン陰謀史観」とは、単純な教科書知識のみであっても、簡単に撃砕することのできる、歴史学的根拠の全くない、出鱈目・トンデモの類なのである。

 問題は、このような何ら歴史的根拠のない陰謀論が、元谷氏をはじめ保守界隈に地下茎のように行き渡り、それに寄生するネット右翼(保守)をはじめ、多くの保守界隈の人々がいまだにこの「コミンテルン陰謀史観」を信奉しているということだ。今回の「アパホテル問題」は、単にアパホテルの経営者の個人的思想の開陳というお話ではなく、保守界隈に蔓延する「コミンテルン陰謀史観」から出発した「日本被害者史観」の培養、そして南京事件の完全否定や慰安婦の全否定などの、歴史的根拠のない「間違った」歴史観の先端が世界に露呈したという点だ。

「史学」を名乗れぬトンデモ陰謀史観

 本稿冒頭で述べた通り、たとえ間違いとはいえ、自らの信じる歴史観を本にまとめ、それを私企業が客室に置く行為は言論の自由である。しかし、その内容は到底「真の近現代史観」とか「理論近現代史学」などと、苟も「史学」を冠するには到底ふさわしくない俗流にも劣る、根拠なき「陰謀史観」に他ならないのである。糾弾されるべきなのはアパグループとか元谷氏ではなく、このようなトンデモ「陰謀史観」を正史として疑わず、そのまま界隈の常識として運用し続ける保守界隈全般の知的堕落に向かうべきではないだろうか。

 なぜなら、すでに書いたように、仮に元谷氏の著作を客室から撤去したにせよ、この手の陰謀論は次から次へと、また別の場所で沸き起こるからである。誰かがこのような陰謀論の歴史学的根拠の無さを指摘しようにも「反日だ」「左翼だ」の一言で、逆に被糾弾者間の結束が強まるだけだからである。

 すでに述べたように「コミンテルン陰謀史観」は、保守界隈に根深く浸透しており、専業作家ではない元谷氏は、すでに先行していた黄氏や櫻井氏の言葉を転用したに過ぎないと容易に推察できる。そしてその黄や櫻井すら、秦氏が鋭利に指摘したようにその「元ネタ」はユン・チアンの本にすぎない。まさに秦氏の指摘通り「同じ周り灯篭を眺めたに過ぎない」といえるのである。

 秦郁彦氏は、陰謀史観の本質を次のように評している。


(陰謀史観にある)この種の矛盾や疑問を問いただしても、仕掛け人たちはびくともしない。論証をされても「参った」とは言わないし、予言が外れても平気で手直しするだけに終わる。読者も苦にしないどころか、逆に「トリック破り」を白眼視する傾向さえある。だからこそ、陰謀論と陰謀史観はいつの時代でも栄えていくのだろう。

(出典:前掲書、P.248、括弧内筆者)

 第二、第三の「アパホテル問題」は、またすぐに発生するだろう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

furuya-profile.jpg[執筆者]
古谷経衡(ふるやつねひら)文筆家。1982年北海道生まれ。立命館大文学部卒。日本ペンクラブ正会員、NPO法人江東映像文化振興事業団理事長。主な著書に「草食系のための対米自立論」(小学館)、「ヒトラーはなぜ猫が嫌いだったのか」(コアマガジン)、「左翼も右翼もウソばかり」(新潮社)、「ネット右翼の終わり」(晶文社)、「戦後イデオロギーは日本人を幸せにしたか」(イーストプレス)など多数。51arNBao30L._SL160_.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ空爆、48時間で120人殺害 パレ

ワールド

大統領への「殺し屋雇った」、フィリピン副大統領発言

ワールド

米農務長官にロリンズ氏、保守系シンクタンク所長

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中