「ドイツによる平和」の時代へ
第二次大戦後、ソ連の勢力拡大を防ぐべくアメリカと忠実な同盟国が形成した大西洋同盟は共通の利害に基づいていた。すなわち自由貿易や、NATOに代表される集団安全保障体制だ。一方で同盟は人権や民主主義、法治主義、多元的共存といった価値観も基盤とし、ソフトパワーとハードパワーを併用して、国内外でその価値観を推進した。
広がり続ける欧米の距離
大西洋同盟の中心となってきたアメリカが、ここへきて危険な離反姿勢を見せていると判断するのは早計だ。ドイツが自由世界の新たなリーダーになったと言う気もない。だがヨーロッパは、アメリカが国際関係に背を向ける可能性、大西洋同盟の柱であるNATOから脱退する可能性を突き付けられている。
今のヨーロッパは危機だらけだ。ロシアやトルコが独裁傾向を強め、EUをめぐる反目が広がり、地域大国の1つであるフランスの政権は弱体化し、イギリスはブレグジット(EU離脱)へ向かっている。
そんななか、既存秩序の維持を担う存在として、ドイツの重要性が急増している。適役と言える国がほかにないからだ。
ヨーロッパで既に広く認識されているように、大西洋同盟が掲げた大望は東西冷戦の終結後、縮み続けている。イラク戦争当時にはアメリカとヨーロッパの同盟国はあからさまに対立し、ヨーロッパよりもアジアなどを重視するオバマ政権の下で、欧米同盟の意義はさらに縮小した。
【参考記事】トランプが駐米大使に勝手指名した「英国版トランプ」ファラージ
それにもかかわらず、ヨーロッパは何の手も打たなかった。地域全体の外交・安全保障政策の担い手を目指したEUはつまずいてばかりで、一貫性のある有効な行動や方策は期待できない。域内で進む分断や組織上の問題も外交面での統合を妨げる。
軍事面での問題もある。NATOは加盟国の軍事費に、GDPの少なくとも2%という目標値を定めているが、アメリカの反発にもかかわらず未達成の国が多い。だが、NATOを支持するかどうかは加盟国が応分の負担をするかどうかによる、と発言してきたトランプの当選を受けて、ドイツでは国防費に関する議論が急浮上している。
米大統領選の結果は既に、ヨーロッパの軍事に関する政治的判断を変え始めている。ドイツは歴史的事情もあって、「核の傘」を提供する軍事的超大国の役割は果たせないが、EUの安全保障をより自立的な方向へ促すことは可能かもしれない。
軍事力の拡大も視野に
「(今回の米大統領選は)警鐘になるだろう。ヨーロッパは目を覚まし、自立しなければならない」。ドイツのシンクタンク、フリードリッヒ・エーベルト財団の国際政治専門家ミヒャエル・ブレニングはそう指摘する。
ドイツのウルズラ・フォンデアライエン国防相は、トランプの勝利がEUの軍事力拡大や体制強化を促進する「起爆剤」になると発言した。「自由民主主義の防衛が最優先課題」であり、「EUは外交・軍事面でより大きな責任を担わなければならない」という。一度はお蔵入りした「EU軍」構想も再び持ち上がっている。