最新記事

欧州

「ドイツによる平和」の時代へ

2016年11月25日(金)10時30分
ポール・ホッケノス(ジャーナリスト)

 第二次大戦後、ソ連の勢力拡大を防ぐべくアメリカと忠実な同盟国が形成した大西洋同盟は共通の利害に基づいていた。すなわち自由貿易や、NATOに代表される集団安全保障体制だ。一方で同盟は人権や民主主義、法治主義、多元的共存といった価値観も基盤とし、ソフトパワーとハードパワーを併用して、国内外でその価値観を推進した。

広がり続ける欧米の距離

 大西洋同盟の中心となってきたアメリカが、ここへきて危険な離反姿勢を見せていると判断するのは早計だ。ドイツが自由世界の新たなリーダーになったと言う気もない。だがヨーロッパは、アメリカが国際関係に背を向ける可能性、大西洋同盟の柱であるNATOから脱退する可能性を突き付けられている。

 今のヨーロッパは危機だらけだ。ロシアやトルコが独裁傾向を強め、EUをめぐる反目が広がり、地域大国の1つであるフランスの政権は弱体化し、イギリスはブレグジット(EU離脱)へ向かっている。

 そんななか、既存秩序の維持を担う存在として、ドイツの重要性が急増している。適役と言える国がほかにないからだ。

 ヨーロッパで既に広く認識されているように、大西洋同盟が掲げた大望は東西冷戦の終結後、縮み続けている。イラク戦争当時にはアメリカとヨーロッパの同盟国はあからさまに対立し、ヨーロッパよりもアジアなどを重視するオバマ政権の下で、欧米同盟の意義はさらに縮小した。

【参考記事】トランプが駐米大使に勝手指名した「英国版トランプ」ファラージ

 それにもかかわらず、ヨーロッパは何の手も打たなかった。地域全体の外交・安全保障政策の担い手を目指したEUはつまずいてばかりで、一貫性のある有効な行動や方策は期待できない。域内で進む分断や組織上の問題も外交面での統合を妨げる。

 軍事面での問題もある。NATOは加盟国の軍事費に、GDPの少なくとも2%という目標値を定めているが、アメリカの反発にもかかわらず未達成の国が多い。だが、NATOを支持するかどうかは加盟国が応分の負担をするかどうかによる、と発言してきたトランプの当選を受けて、ドイツでは国防費に関する議論が急浮上している。

 米大統領選の結果は既に、ヨーロッパの軍事に関する政治的判断を変え始めている。ドイツは歴史的事情もあって、「核の傘」を提供する軍事的超大国の役割は果たせないが、EUの安全保障をより自立的な方向へ促すことは可能かもしれない。

軍事力の拡大も視野に

「(今回の米大統領選は)警鐘になるだろう。ヨーロッパは目を覚まし、自立しなければならない」。ドイツのシンクタンク、フリードリッヒ・エーベルト財団の国際政治専門家ミヒャエル・ブレニングはそう指摘する。

 ドイツのウルズラ・フォンデアライエン国防相は、トランプの勝利がEUの軍事力拡大や体制強化を促進する「起爆剤」になると発言した。「自由民主主義の防衛が最優先課題」であり、「EUは外交・軍事面でより大きな責任を担わなければならない」という。一度はお蔵入りした「EU軍」構想も再び持ち上がっている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米「夏のブラックフライデー」、オンライン売上高が3

ワールド

オーストラリア、いかなる紛争にも事前に軍派遣の約束

ワールド

イラン外相、IAEAとの協力に前向き 査察には慎重

ワールド

金総書記がロシア外相と会談、ウクライナ紛争巡り全面
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 3
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打って出たときの顛末
  • 4
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 5
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    主人公の女性サムライをKōki,が熱演!ハリウッド映画…
  • 8
    【クイズ】未踏峰(誰も登ったことがない山)の中で…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 7
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中