最新記事

電子書籍

欧州出版界に「衝撃」。図書館の電子書籍貸出に合法判断

2016年11月16日(水)19時00分
鎌田博樹(EBook2.0 Magazine)

Max Rossi-REUTERS

 EU裁判所(ECJ, CJEU)は11月10日、オランダの図書館がE-Book貸出の合法性確認を求めて提訴していた裁判で、E-Book(電子書籍)の貸出を印刷本と同一条件で認める判決を下した。欧州の出版社団体は、「無制限なE-Bookの貸出しは、出版社の収入に対する重大な脅威である」とする声明を出して批判している。

"one copy, one User"モデルでフェアユース原理を適用

 本件は、オランダの公共図書館協会 (Vereniging Openbare Bibliotheken, VOB)と版権徴収団体 (Stichting Leenrecht, SL)が当事者となり、VOBによるE-Bookの貸出にライセンスが必要となるかを確認するもの。オランダの法律では、著作物が図書館から貸出された際に版権料が発生するものとされている。ECJ判決は、貸出しが「1部1ユーザー」モデル(1回に1ユーザーのみに貸出せる)で行われる限り、紙の本と同等であるとしたものだ。

 2006年のEU指令(Dierctive)の解釈をめぐり、一部の国では電子書籍貸出や賃貸が禁止されているが、判決により「1部1ユーザー」モデルで例外なく認められることになった。

 著作権は新しい経済的発展に適応すべきものであり、印刷本を対象とした2006年のEU指令は、E-Bookの1部1ユーザー・モデルにも適用される、とECJの判決は述べている。非可視的な対象物であるE-Bookは、同じ方法で取扱われる限り、物理的実態を持つ印刷本と同等であると見做すことが出来、同じ版権ルールが適用できる、というのはE-Bookとは何なのか、という本質論を回避したもので、多くの問題を棚上げにするものだ。おそらく米国の著作権局などの判断を待っているのだろう。

 同じくオランダで争われている「デジタル古書」の再販売(オランダ出版社協会対Tom Kabinet)は、E-Bookはソフトウェアなのかモノなのか、あるは誰の所有物なのかが争点となっているが、今回の「VOB対SL」は何の影響も及ぼさない。今後も同じような係争が発生する可能性があるということだ。例えば、図書館はE-Bookを購入してはいないので、ファースト・セール原則(EUではExhaustion (消尽)ルールという)は適用できない、という考え方も成り立つ。

欧州出版社の「ショック」

 欧州出版社連盟 (Federation of European Publishers, FEP)は、判決に「出版界はショックを受けた」と声明で述べている。いくらなんでも大げさに思えるのだが、FEPは大まじめで、「図書館がE-Bookを無償提供することによって、とくに言語市場の規模が小さい、リトアニア、ラトビア、スロベニア、ルーマニアその他、E-Bookが市場の1%に満たない諸国の出版業に大きな影響を与える可能性がある」と云う。大国の「伝統産業」をイノベーションから守るのに「弱者保護」を名目にするのは感心しない。

 図書館は小国の出版に影響を与えるだろう。しかし、デジタルは小国の出版業にとってプラスにこそなれ、マイナスになることなどない。印刷本の製作・配布・管理コストは小国にとって相対的に高く、大言語圏ほど低い。図書館の設置・維持コストも同様だ。一部当たりのコストは言語人口が少ないほど高く、読者にも不利だ。そもそも版権というものは印刷によって生まれた。編集は印刷と不可分の関係にある。つまり、近代の出版は、すべて(製作・流通・版権)印刷物を前提にしていた。だからといって、もはやこの方法と秩序をすべてに適用するのは不可能だ。

 Kindleが登場してまだ10年に満たず、10年を超えてサービスを継続しているビジネスは少ない。サービスの持続性に依存するE-Bookは、紙の本のように何世紀も存続する保証などどこにもない。一貫性を保証できるところがあるとしたら、それはビジネスではなく図書館しかないだろう。


○参考記事
E-books can be lent by libraries just like normal books, rules EU's top court」, By Glyn Moody, Ars Technica, 11/10/2016
European Publishers 'Shocked' at EU E-book Lending Ruling, By Neil Denny, Publishers Weekly, 11/11/2016
Bill Rosenblatt: Inconclusive ruling on library ebook lending in Europe, By Bill Rosenblatt, TeleRead, 11/14/2016
Publishers Whine About EU eBook Lending Ruling, by Nate Hoffelder, The Digital Reader, 11/11/2016

※当記事は「EBook2.0 Magazine」からの転載記事です。
images.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

株式と債券の相関性低下、政府債務増大懸念高まる=B

ビジネス

米国株式市場=ナスダック連日最高値、アルファベット

ビジネス

NY外為市場=ドル全面安、FOMC控え

ワールド

米軍、ベネズエラからの麻薬密売船攻撃 3人殺害=ト
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中