ノーベル平和賞以上の価値があるコンゴ人のデニ・ムクウェゲ医師 ―性的テロリズムの影響力とコンゴ東部の実態―

2016年10月18日(火)17時10分
米川正子(立教大学特任准教授、コンゴの性暴力と紛争を考える会)

 それだけではない。ムクウェゲ医師が受賞すると当然国際社会は同医師の実績を称賛し、それはコンゴの現カビラ大統領に圧力を与えることになる。同大統領は今年12月20日までの任期を憲法に違反して延長するのではないかとの懸念が広がっており、野党や多くの市民がカビラ大統領の辞任を要求している。報道の自由がないコンゴでは、ムクウェゲ医師の実績が報道されていないために同医師の実績を知らない市民が多いが、国外にいる多くのコンゴ人にとってムクウェゲ医師は希望の星であり、同医師に大統領になってもらいたいと切願している人は多くいる。

 その一方で、ムクウェゲ医師がノーベル平和賞を受賞した時の懸念も抱いていた。同医師が受賞することは、コンゴと近隣国のルワンダなどの政府がコンゴ東部の性的テロリズムの加害者であることを国際社会が認識したことを意味する。その場合、ルワンダやコンゴ政府からの嫌がらせを受けるのではないか、あるいはコンゴ東部で働き続けることが難しくなるのではないかと心配した。天然資源大国であるコンゴは、過去130年間、ベルギー、アメリカや他の大国や近隣国によって資源が搾取され続けてきた。ムクウェゲ医師は性的テロリズムの加害者だけでなく、紛争鉱物を搾取している責任者(つまり、性的テロリズムの加害者と同人物)も非難しており、国連もこれまで紛争鉱物の搾取に関する報告書を毎年のように公表してきたが、国連はそれ以上の行動をとったことがない。ムクウェゲ医師や多くのコンゴ人がどれだけ落胆していることが想像できると思う。

                ***

 ムクウェゲ医師の初来日のおかげで、性暴力と紛争鉱物に関する認知度が一気に高まったという意味では、来日の価値は大いにあったと言えるだろう。ムクウェゲ医師は企業や消費者を含む日本社会にて、アドボカシー活動を続ける必要性と価値を確認した。それに加えて、欧米諸国では見られない、日本人のサービスの質の高さ、勤勉さや整理整頓の文化が印象に残り、コンゴ人のメンタリテイーを変えるためにも日本の良さからもっと学びたいとも話していた。次回の来日がいつになるかわからないが、今後も引き続き本テーマについて議論をする機会を設け、紛争鉱物の規制に向けて行動に移すことができるようベストを尽くしたいと考えている。

 ムクウェゲ医師の活動やコンゴの性暴力の実態について知りたい方は、映画『女を修理する男」をご覧ください。
<上映日程>
静岡県立大学 10月24日
岡山大学 11月4日
恵泉女学園大学 11月6日
上智大学 11月17日
沖縄産科婦人科学会 11月18日
長崎大学 11月25日
神戸市立外国語大学 11月30日
宇都宮大学国際学部 12月10日
早稲田大学 12月14日
同志社大学 12月22日
アムネスティー・インターナショナル日本支部 1月28日

詳細はこちら

yonekawa161018-2.jpg[執筆者]
米川正子
立教大学特任准教授、コンゴの性暴力と紛争を考える会の代表。今回のムクウェゲ医師の初来日を企画・アテンドした。
国連ボランティアで活動後、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)では、ルワンダ、ケニア、コンゴ民主共和国、スーダン、コンゴ共和国、ジュネーブ本部などで勤務。コンゴ民主共和国のゴマ事務所長を歴任。宇都宮大学特任准教授を経て、2012 年11 月から現職。専門分野は紛争と平和、人道支援、難民。著書に『世界最悪の紛争「コンゴ」~平和以外に何でもある国』(創成社、2010 年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

欧州エアバス、A320数百機点検へ 胴体パネル問題

ビジネス

英HSBC暫定会長、常任職求めない意向=CEO

ビジネス

英ファンドマネジャー、大半が来年為替ヘッジ拡大を予

ワールド

米下院補選、共和党候補の勝利確実に テネシー州
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 2
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 3
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 4
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 5
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止…
  • 6
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 7
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドロー…
  • 8
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯…
  • 9
    22歳女教師、13歳の生徒に「わいせつコンテンツ」送…
  • 10
    もう無茶苦茶...トランプ政権下で行われた「シャーロ…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中