「政治冷感」の香港で注目を集める新議員、朱凱廸とは?
朱氏は約10年前から反高速鉄道運動、皇后碼頭取り壊し反対、違法ゴミ廃棄場の告発、農村の土地収用反対などに取り組んできたばりばりの市民活動家だ。自決についても言及しているものの、むしろ環境問題や中産層、低所得層に配慮した都市計画などこそが主要な訴えだ。独立、自決といったビッグトピックと比べると地味な印象はぬぐえないが、結果的には8万4000票と今回の選挙での最多票数を獲得している。
当選後の活躍も華々しい。深圳に近い北部の横洲公営団地開発の不正疑惑追及によって脅迫や尾行を受けていた事実を明かすと、連日一面トップのビッグニュースとなった。告白を機にメディアは横洲公営団地の不正疑惑を一斉に追及し始めている。もともと農業用地に1万7000戸の住宅を建設する計画が承認されていたが、後に近隣の農村に4000戸を建設する計画に変更された。もともとの建設予定地で駐車場を経営していた地元有力者に配慮したのではないかなどさまざまな疑惑が追及され、梁振英行政長官の責任問題へと発展しつつある。
「政治冷感」の香港といえども、自分たちの生活に直接かかわることならば話は別だ。例えば2015年には、公営団地など一部地域で水道水が鉛で汚染されていることが発覚。市民の注目を集めた。世界の注目を集めた2014年の民主化運動「雨傘運動」でも行政長官選挙の改革がイシューとされていたが、参加者に話を聞くと、公務員試験で広東語だけではなく中国語も認められたこと、公営団地に入居できるが中国人移民ばかりで香港人が割りを食っていることなど、身の回りの問題に強い危機感を覚えていることを明かしていた。
実は今年7月、雨傘運動のリーダーだった周永康氏にインタビューした時、「身の回りの問題から政治意識を掘り起こしていきたい」と語っていた。「雨傘運動という大きなうねりが変革をもたらすかもしれないと期待したが実現はしなかった。今後10~15年は同レベルの盛り上がりは起きないのではないか」と分析し、事件に乗っかるのではなく足元を固める時期だと話していた。周氏自身、地方コミュニティの市民講座にたびたび参加し、一般市民が地域行政に関心を持つ重要性を説いているという。
身の回りの生活が政治と直結していくようになれば、親中派か非親中派かという構図も変わるはずだ。朱凱廸氏がこのまま存在感を発揮し続ければ、次回選挙では同様の主張を持つ候補者が増えるだろう。時の人となった朱氏の存在に注目したい。
[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。