最新記事

少数民族

ヨーロッパを追われアメリカに逃れるロマの人々

2016年9月23日(金)18時33分
カビタ・スラナ

「現在、特に西ヨーロッパ諸国では、ロマも移民も歓迎されない。社会環境は敵対的で、暴力事件も起きている」と、米ラトガース大学准教授でヨーロッパ・ロマ人権センター理事長のエセル・ブルックスは話す。ルーマニアの一部の都市では、公共の場所でロマが隔離されているところもあるし、「犬とジプシーは入るべからず」という看板も目にする、と言う。

 ロマ擁護の人権活動家ジェリコ・ジョバノビッチによると、つい10年前には、市場経済や民主選挙の広がり、移動の自由の拡大で、偏見も少なくなるだろうと希望的な見通しを持つロマの人々が多かった。

EU統合でなくなるはずだった差別

 2003年や2007年ごろ、中欧諸国のEU加盟協議が始まり、ハンガリーやルーマニア、ブルガリアはEU加盟と引き換えに国内法の整備を迫られた。人権擁護を推進すると同時に、新たな人権プログラムを実施して、社会の底辺の劣悪な環境で生活し、物乞いや泥棒を生業としているという偏見があったロマのコミュニティーを、支援して社会へと統合することが求められた。

 ジョバノビッチはそれを「破られた約束」だと言った。

「ここ数年で状況は大きく悪化した。東欧諸国もEUに加盟した途端、ロマの生活支援などどうでもよくなってしまった」

 当初、EUの基本原則である「人の自由な移動」を好機ととらえた一部のロマ人は、職を求めて西ヨーロッパ諸国への移住を試みた。だが2009年のギリシャ危機に端を発した欧州債務危機やシリア難民の急増、ローンウルフ(一匹狼)型テロリストによるテロ攻撃の脅威からエスカレートした反移民感情など逆風が強まり、少数民族や移民に対する敵意の連鎖が止まらなくなった。

 米調査機関ピュー・リサーチ・センターが行ったここ数年の調査から、欧州各国でロマに対する否定的な見方が国民の過半数を占める実態が明らかになった。2016年にはイタリアやフランス、ドイツといった国々で、ロマを「好意的でない」と答えた人が、イスラム教徒やユダヤ人に対する割合を大きく上回った。

 国際人権団体アムネスティ・インターナショナルや人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチなどは、EU各国でロマに対する体系的な差別の実態調査を続けている。米国務省が公表したルーマニアに関する2015年の人権報告書は、ロマを標的にした差別は「重大な問題」だと指摘。具体的な問題点として、警察による暴行、嫌がらせ、公共の場所でのサービス提供の拒否、子どもの学校の隔離、医療保険制度の不備などを列挙した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米製造業新規受注、9月は前月比0.2%増 関税影響

ワールド

仏独首脳、米国のウクライナ和平案に強い懐疑感 「領

ビジネス

26年相場、AIの市場けん引続くが波乱も=ブラック

ワールド

米メタ、メタバース事業の予算を最大30%削減と報道
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 3
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 6
    「ロシアは欧州との戦いに備えている」――プーチン発…
  • 7
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 8
    【トランプ和平案】プーチンに「免罪符」、ウクライ…
  • 9
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 10
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場の全貌を米企業が「宇宙から」明らかに
  • 4
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 5
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 6
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 7
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 10
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中