最新記事

アメリカ経済

米国でも子育て支援の充実が大統領選の論点に

2016年9月14日(水)16時31分
安井明彦(みずほ総合研究所欧米調査部長)

子育て費用は医療費の約4倍

 米国の子育て事情に関しては、日本のような待機児童の問題はあまり伝えられない。しかし、その米国でも、幼少期における育児や教育の重要性に対する意識が高まると同時に、その負担の重さが問題となっている。とくに、格差の拡大が問題となるなかで、育児支援の充実には、その解決策の一つとなる期待がよせられている。

 米国では、幼少期にきちんとした育児や教育を受けられるかによって、将来の所得に大きな差が出てくることが分かってきている。ミシガン州で行われた調査によれば、義務教育前に幼稚園に通った子が40歳になるまでに得た所得は、通わなかった子を約25%上回ったという。

 幼少期の育てられ方の違いは、親の経済環境に左右される側面が大きい。例えば、米国で義務教育前に3~4歳児が幼稚園に通う割合は、母親が大卒以上の家庭では6割強であるのに対し、母親が高卒未満の場合には4割程度にとどまっている。親の学歴が低い家計は、経済的に恵まれていない場合が多く、金銭的な余裕のなさが、子の教育機会を奪っているようだ。

【参考記事】トランプ現象の背後に白人の絶望──死亡率上昇の深い闇

 子育てに関する費用を軽減できれば、親の働き方の選択肢が広がる効果も期待できる。保育や教育に外部の施設を利用しようにも、その費用が高すぎれば親が自分の手で引き受けなければならなくなる。2015年にワシントン・ポスト紙が行った世論調査によれば、子育てに費やす時間を増やすために、母親の6割以上、父親でも4割弱が、仕事を辞めたり、負担の軽い仕事に転職したりしているという。

 米国の育児費用は、上昇傾向にある。商務省センサス局によれば、インフレ率による上昇分を差し引いても、母親が働いている世帯における育児費用は、1985年から2011年の間に70%以上も上昇している。

 幼い子供を抱える家計において、育児費用の負担は大きい。米国では、大学の学費や医療費の高さが指摘されるが、多くの地域において育児費用はそうした費用を上回る。両候補が演説を行った中西部を例にとると、乳児1人、4歳児1人の家庭の場合、育児に伴う費用は年平均で1万8千ドル弱(約180万円)。大学の学費の約2倍、医療費の実に約4倍である(図)。

child.jpg

「伝統的な価値観」が障害に?

 支援充実の方向性が一致している以上、論点は支援策の内容に移っている。
 
 クリントン氏は、トランプ氏の提案では、庶民を十分に支援できないと批判する。所得控除が中心であるために、富裕層の恩恵が大きくなりやすいからだ。富裕層に対する減税が大きいトランプ氏の所得税改革案と同様、金持ち優遇との批判を受けやすい側面がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米ウ代表団、今週会合 和平の枠組み取りまとめ=ゼレ

ビジネス

ECB、利下げ巡る議論は時期尚早=ラトビア中銀総裁

ワールド

香港大規模火災の死者83人に、鎮火は28日夜の見通

ワールド

プーチン氏、和平案「合意の基礎に」 ウ軍撤退なけれ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 9
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 10
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中