最新記事

法からのぞく日本社会

東京五輪まであと4年、「民泊」ルールはどうする?

2016年9月5日(月)17時15分
長嶺超輝(ライター)

 こうした民泊特区のルールを受けて、今年1月、羽田空港のお膝元である大田区で独自に制定された「国家戦略特別区域外国人滞在施設経営事業に関する条例」(大田区民泊条例)がスタートした。

 この条例は「6泊7日」という宿泊期間の条件は維持した上で、大田区側が民泊施設に対し、質問や立ち入り検査を実施できる権限を確保したものである(ただし、拒否しても罰則がない模様)。さらに、周辺住民に向けて事業計画を説明する義務も民泊業者に課した。

 そもそも、6泊以上という基準も実態に合わず、民泊普及の妨げになるとの指摘もある。「Airbnb」によれば、同サイトの訪日外国人利用者の平均宿泊数は約3.8泊だという。

本音では民泊を違法状態のままにしておきたい?

 たしかに、既存のホテルや旅館が客を奪われないよう、民泊は長期宿泊者のみを対象としておくことで、棲み分けを講じたい事情は理解できる。

 だが、ホテルの新規建設が五輪開催までに間に合いそうもないから民泊を促進するのなら、むしろ宿泊業と民泊との「協同」をこそ目指すべきようにも思える。今後、外国人観光客がどれほど増加するかを見込みながら、基準を緩和する方向性も検討していかなければ、受け入れ態勢は整わない。

 その一方で、新宿区や目黒区では、すでに民泊のルールに関する条例化が断念されている実態もある。台東区では、部屋の広さにかかわらず「フロントの設置」を義務づけ、民泊に対する事実上の規制強化を行った。

 たくさんの人が日本に来てくれるのは嬉しい。日本の良さを知ってほしい。五輪特需の恩恵にもあずかりたい。だが、外国人が地元に押し寄せることに対しては警戒している。そのような建前と本音に引き裂かれた感覚が見え隠れする。それぞれの自治体は、誰がどこに滞在しているか把握しきれず、何に悪用されるかわからない民泊なんて、下手に認めたくないのである。この切なる願いは当然のもので、大変理解できる。

 その点、民泊を違法状態のままにしておけば、トラブルを起こした業者、なんとなく怪しい業者だけをピンポイントで摘発し、それ以外を見て見ぬふりして、しばらく様子をうかがうなどの「柔軟な運用」も可能となる。

 民泊を公式に認めなければ、仮に何らかのトラブルが起きても、自分たちの責任ではないと切り捨てることができる。だから、民泊に対して、しっかりした基準など設けたくない。それが国や自治体の本音なのかもしれない。

 2020年に向けて、外国人観光客の受け入れ態勢は、少なくとも表向きには整っていない。このまま進めば、東京オリンピック・パラリンピックの開催には「違法状態の民泊」が不可欠といっても過言ではないだろう。

【参考記事】東京五輪まであと4年、「受動喫煙防止」ルールはどうする?

[筆者]
長嶺超輝(ながみね・まさき)
ライター。法律や裁判などについてわかりやすく書くことを得意とする。1975年、長崎生まれ。3歳から熊本で育つ。九州大学法学部卒業後、弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫した。2007年に刊行し、30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の他、著書11冊。最新刊に『東京ガールズ選挙(エレクション)――こじらせ系女子高生が生徒会長を目指したら』(ユーキャン・自由国民社)。ブログ「Theみねラル!」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

エヌビディア、新興AI半導体開発グロックを200億

ワールド

北朝鮮の金総書記、24日に長距離ミサイルの試射を監

ワールド

米、ベネズエラ石油「封鎖」に当面注力 地上攻撃の可

ワールド

英仏日など、イスラエル非難の共同声明 新規入植地計
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 7
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中