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ドイツの積極的外交政策と難民問題

2016年7月1日(金)15時42分
森井裕一(東京大学大学院総合文化研究科教授)※アステイオン84より転載

 シュタインマイヤー外相は、ドイツはヨーロッパのなかで大きく重要な存在となっているのであるから国際的な問題にこれまでより積極的に関わるべきであり、その際には外交のみならず、軍事的な関与も排除されないとの姿勢を示してきた。自らの影響力に鑑みて、国際的な責任に背を向けることはできないのであるから、より積極的に責務を引き受けようとする外交姿勢を明確にしたのである。

 ウクライナ・クリミア危機に際してドイツはロシアやウクライナ、フランスやポーランドなどのEU諸国と非常に緊密な協議を行い調整に努めたことは積極的外交政策の象徴であった。もっとも、問題はドイツの仲介や調整がどの程度結果を変えたかということでもあり、その点で疑問は残る。軍事的な超大国でもないドイツが、軍事力の行使をいとわない大国に対して持つ外交的な影響力にはおのずと限界があるといえよう。

 戦後ドイツは自らの行動を憲法に規定された普遍的な人権と自由を中心とした諸価値の遵守におき、国連、EUなど多角的な枠組みの中で共に行動することを重視してきた。決して自らが戦争の原因とならず、過去の過ちを繰り返さないための行動原則であった。

 しかしポスト冷戦の時代も四半世紀が経過し、国際環境は大きく変容した。ISとテロの猛威は、国家のみが国際政治の重要な主体であり、国家間の合意で政治秩序が維持できた時代とは全く異なる時代にあることを象徴している。テロにより生命・人権を蹂躙する暴力は、普遍的な人権規範の唱道だけではこれまでの社会の安全が保てないこともはっきりとさせた。アメリカの軍事力の傘と自由な国際経済システムのなかで、規範をとりわけ重視するドイツ外交は、現実世界の変容により変化を迫られている。そうであるからこそシュタインマイヤー外相は積極的外交への転換をめざしたのである。

 しかし、現実の世界は急速に不安定化している。ドイツは好況を謳歌しているとはいえ、財政規律を守らなければならないこともあり、安全保障政策分野への予算支出も強く制約を受けている。このため、ドイツ連邦軍は二〇一一年に徴兵制を停止し、地域紛争・危機に対応できる軍への転換を進めてきたが、装備の充実などは遅々として進んでいない。外交的な積極的関与を超えた行動は困難なのが実情である。難民問題も、難民を発生させる要因を除去することが重要であるとは論じられるが、そのための政策手段と能力は限定されているのである。

 既に論じたように、難民問題はドイツではとりわけ人権・人道という規範の問題であるが、その現実的な解決には巨額の予算と社会的なコンセンサス、人道支援、開発支援を通じた地域的な危機の克服から秩序の回復までもが求められる。規範と現実の政策展開の乖離が、問題解決の難しさを鮮明にし、際限なくやってくる難民を身近で見る市民からすると、不安を抱かざるを得ないのが今のドイツの問題である。

[執筆者]
森井裕一(東京大学大学院総合文化研究科教授) Yuichi Morii
1965年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程中途退学。琉球大学講師、筑波大学講師を経て現職。専門はEU研究。著書に『現代ドイツの外交と政治』(信山社)、『ヨーロッパの政治経済・入門』(編著、有斐閣)など。

※当記事は「アステイオン84」からの転載記事です。
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