最新記事

ドイツ

ドイツの積極的外交政策と難民問題

2016年7月1日(金)15時42分
森井裕一(東京大学大学院総合文化研究科教授)※アステイオン84より転載

 これはフランスがEU条約第四二条七項の発動をもとめ、EU理事会において承認されたためである。このいわゆる連帯条項は、あるEUの構成国が軍事的な攻撃を受けた場合に他のEU構成国が相互に可能な限りの手段を用いて支援する義務を規定している。このような条項が規定された背景にはアメリカに対する同時多発テロがあったが、二〇〇九年にこの規定がリスボン条約に規定されたときには実際に発動されるとは想定されておらず、注目されることはなかった。

 EUではもう一つの連帯条項がEUの活動の詳細を規定している機能条約(TFEU)の第二二二条にも規定されており、テロや自然災害の場合に軍事的な手段も含めた支援を行うことを規定している。TFEU第二二二条はEU機関と制度の利用を規定していることがEU条約第四二条七項とは異なる。第四二条は構成国による自発的な協力義務を規定している。

 ドイツにとって独仏関係はEU内における最も重要な二国間関係であり、フランスから支援を要請されれば、戦後ヨーロッパの統合と和解の中軸となってきた独仏関係のためには最大限の協力を行わざるを得ないのである。ドイツは既に二〇一四年からイラクのクルド勢力に対してISと戦うために軍需品の供与を行い、紛争当事者に軍需品の供与を行わないという政策を転換し、中東地域への関与の度合いを強めていた。フランスの要請に基づきドイツ連邦議会は短期間のうちにドイツ連邦軍を派遣することを決定し、さらにシリア問題に深く関わるようになった。

 第二次世界大戦後のドイツは過去の軍事的行動により大きな惨禍をもたらした反省から、軍事力の行使には非常に慎重で、同盟の防衛のみを軍事力行使の対象としていた。

 しかし冷戦終焉後の国際環境の変化とドイツ統一によって、ドイツに期待される役割も変化した。一九九四年の連邦憲法裁判所判決によって連邦議会の同意があれば、世界のどこでも、どのような軍事行動でも可能となっていたが、従来の軍事力の行使には抑制的で、国連、NATO、EUなどの多角的な国際的枠組みの中でのみ軍事的な行動を行うという基本姿勢は大きく変わらなかった。

 またメルケル首相の下でも、二〇〇九年から二〇一三年末までの自由民主党(FDP)との連立期にはヴェスターヴェレ外相の下で紛争地域への関与には抑制的な政策がとられており、二〇一一年のNATOによるリビア空爆にドイツは参加しなかった。二〇一三年一二月に第三次メルケル政権が大連立政権として発足すると、第一次メルケル大連立政権でも外相を務めたシュタインマイヤーの下でドイツ外交は積極的な関与の方向に舵を切ることとなった。

 シュタインマイヤー外相による「積極的外交政策」は、EUにさまざまな危機が襲いかかる時期と符合した。ロシアによるクリミア半島の併合とウクライナ東部での行動は冷戦後のヨーロッパに再び地政学的な要素が戻ってきたことを象徴するものであった。またギリシャ債務危機は欧州統合のあり方に疑念を抱かせ、戦後の統合コンセンサスを脅かすものでもあった。いずれのケースも、冷戦後のヨーロッパには周囲に仮想敵国がなくなり、同時にEUの統合は逆戻りすることなく維持されるという長年続いた認識を揺るがすものであった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国国防相、「弱肉強食」による分断回避へ世界的な結

ビジネス

前場の日経平均は反発、最高値を更新 FOMC無難通

ワールド

ガザ情勢は「容認できず」、ローマ教皇が改めて停戦訴

ワールド

ナワリヌイ氏死因は「毒殺と判明」と妻、検体を海外機
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中