最新記事

映像

残虐映像に慣れきってしまった我々の課題 ―映画『シリア・モナムール』映像の受け取り方

2016年6月29日(水)16時20分
塚越健司

 筆者は32歳だが、私の世代やその下の世代にとって、インターネットは身近な存在だ。そこには古今東西の戦争をはじめとする悲劇、そしてそれに伴う悲惨な映像が日々投稿されている。確かにインターネットやSNSは悲劇を伝えることで感情的連帯や「ソーシャル革命」を促進している。しかし、真剣に戦争の悲劇を伝える映像を大量に見る中で、そうした映像にどこか慣れてしまった自分もいる。そして白状すれば、私は本作を観た時に、どこかで「見慣れた光景」だと感じてしまった。

 読者の中には「不謹慎だ」「戦争の悲劇を理解していない」と思う人もいるだろう。筆者も頭では理解しているつもりであることを断っておく。しかし、よくも悪くも日本で幸せに暮らし、映像を通してのみ悲劇を「見る」世代にとって、身体的な「経験」としての悲劇はない。どんなに年長世代に批判されたとしても、頭の中の「悲劇映像」というカテゴリーに収納されるだけに終わってしまいそうになる自分に、映画を観ていて気付かされた。そしてそうした感想を持つ人々も一定数いるのではないか。とりわけ小さな頃からネットを通して様々な映像をみてきた世代にとっては。

 要するにこれは映像経験と身体経験のズレである。湾岸戦争では、米軍側からの視点でのみ提供される、凄惨なシーンがひとつもない機械的な映像によって、戦争の悲劇的な側面はみられなくなった。そのためフランスの思想家ジャン・ボードリヤール(1929〜2007年)は『湾岸戦争は起こらなかった』という書物を書いている。それは、米軍による空爆の映像はまるでゲームのようなものであり、テレビで見える戦争は本来の戦争とは異なるものになったという、当時の鋭いメディア批評である。一方からの映像が現実を歪曲しているというわけだ。

 現在はSNSを通じて被害当事者の視点からも生々しい映像が送られており、戦争の悲劇を多く目にすることができる。それでも、実際に生じているのがわかっても我々の身体的反応は鈍感になる。戦争の現実をみせつけられても、それでも我々は映像を「ショッキングな映像」というフレームに回収してしまうということだ。シリアの問題を考えることが重要である一方、映像の受け取り方に関する問題もまた、我々に課されていることの気付かされた。

 『シリア・モナムール』の監督モハンメドは、身体はパリにあり、シリアの映像を撮ることはできない。だからこそSNSに投稿された映像を用いるが、彼の態度はどこまでも現実を伝えることの不可能性を示しているようにも思える。モハンメドは現地で映像を撮影するシマヴを媒介にすることで現実を伝えるが、彼自身の身体と映像の間のジレンマが印象的だ。

 この映画を観る私も、同じジレンマを抱えている。映像がどれほど悲劇的でも、それに心からの共感を示すことができない。そればかりか、映像慣れしてしまった私は現実に向き合う前に、そうした映像慣れの問題に取り組まなければならない。メディア論においては映像と身体の不一致という問題は古くから議論されているが、こうした問題はますます深く議論されなければならないだろう。

 最後にもう一点。シマヴがシリアの現実をモハンメドに知らしめるのであれば、日本の現実を知らしめるのは何なのだろうか。我々にとって、現実を映すシマヴのような存在とは何なのだろうか。本作を日本で鑑賞することには、様々な意味があるように思われる。

『シリア・モナムール』
監督:オサーマ・モハンメド
シアター・イメージフォーラムほかにて公開中 
(C)2014 - LES FILMS D'ICI - PROACTION FILM


[執筆者]
塚越健司
1984年生まれ。情報社会学研究者。専攻は情報社会学、社会哲学。ハッカー文化研究を中心に、コンピュータと人間の歴史など幅広く探求。得意分野はネット社会の最先端、コンピュータの社会学など。TBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ!』火曜ニュースクリップレギュラー出演中。著書に『ハクティビズムとは何か』(ソフトバンク新書)共著に東浩紀監修『開かれる国家 国境なき時代の法と政治』(KADOKAWA)など多数

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

中国で「南京大虐殺」の追悼式典、習主席は出席せず

ワールド

トランプ氏、次期FRB議長にウォーシュ氏かハセット

ビジネス

アングル:トランプ関税が生んだ新潮流、中国企業がベ

ワールド

アングル:米国などからトップ研究者誘致へ、カナダが
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナの選択肢は「一つ」
  • 4
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 5
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 6
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 9
    【揺らぐ中国、攻めの高市】柯隆氏「台湾騒動は高市…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 7
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中