最新記事

アジア

仲裁裁判がまく南シナ海の火種

2016年6月9日(木)17時10分
ダン・デルース、キース・ジョンソン

 そんな中国の思惑とは対照的に、ほとんどの法律専門家は、フィリピンにかなり有利な裁定が下されるとみている。米海軍大学のジェームズ・クラスカ教授(国際法)は、中国は「決定に従う法的義務がある」と言う。

 それでも中国政府は、裁定がどう転んでも認めないと主張し続けている。これによって、アジアでの緊張が高まるのは避けられないだろう。中国高官らによれば、中国は国際法を尊重しているものの、ハーグの裁判所のような機関の正当性は認めないのだという。

 中国にしてみれば、ハーグでの法的敗北は政府のリーダーシップを脅かす可能性があり、中国のこれまでの主張を根底から覆すことになってしまうと、クラスカは言う。

 裁定が下された後、中国はどう出るのか。いくつかの選択肢があると、専門家は指摘する。外交ルートで抗議する、同海域により多くの船団を派遣する、人工島の拡張を進める、ADIZ(防空識別圏)を設置する、などが考えられるという。

 それでも、アメリカとの軍事衝突が起こると予想する専門家はほとんどいない。元米海軍作戦部長のジョナサン・グリナートが言うには、偶発的な緊張が高まる可能性は数年前よりむしろ低下している。不測の事態の発生を避けるため、昨年結ばれた米中軍事協定の効果もあるという。

【参考記事】南シナ海、強引に国際秩序を変えようとする中国

 対するフィリピンにとって、裁定での法的勝利は何より精神的な勝利になり得る。これにより、中国と領有権を争うほかのアジア諸国が、同様に仲裁手続きを求める可能性もあるだろう。事実、日本やインドネシアも裁判を検討している節がある。

 最大の懸念は、アメリカの反応だ。裁定が下された後、さらにはフィリピンと中国の間で緊張が高まったときに、アメリカはどう対応するのか。同海域が公海だとの裁定が下った場合、アメリカは米海軍による「航行の自由作戦」を強化していく必要性に迫られる。

 迫り来るさらに大きな問題は、南シナ海の岩礁をめぐってフィリピンが実際に中国と衝突した場合、アメリカはフィリピンを防衛するのか、という点だ。1951年に、アメリカとフィリピンは相互防衛条約を締結。冷戦時代に米政府は、フィリピン領土への攻撃だけでなく南シナ海での軍事衝突でも米軍はフィリピンを防衛すると明確にした。だがこの解釈がまだ当てはまるのかどうか、近年の米政府は明らかにしていない。

「バラク・オバマ米大統領が発言するとおり、アメリカのフィリピンへの関与は非常に強固なものだ」と、国務省の広報担当アンナ・リッチーアレンは言う。だが南シナ海で実際に衝突が起こった際にどの程度強固に関与するのかは明確になっていない。この点についてリッチーアレンは、「仮定の事態を検討することはない」とだけ答えた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アリババや百度やBYDは中国軍関連企業、米国防総省

ビジネス

中国、米大豆を少なくとも10カーゴ購入 首脳会談後

ワールド

マクロン仏大統領が来週訪中へ、習主席と会談

ビジネス

米ホワイトハウス付近で銃撃、州兵2人重体 容疑者は
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 8
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 9
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中