最新記事

欧州

欧州ホームグロウンテロの背景(3) 現代イスラム政治研究者ジル・ケペルに聞く

2016年6月17日(金)16時20分
国末憲人(朝日新聞論説委員)※アステイオン84より転載

 沈黙を破ったのは二〇一二年三月、南フランスのトゥールーズ周辺で起きた連続射殺事件である。ユダヤ系学校の教師や子どもら七人が至近距離から銃殺され、容疑者のモアメド・メラは警官隊との銃撃戦の末に死亡した。メラは「アル・カーイダ」を標榜し、アフガニスタンや中東各国への渡航歴があった。

 この事件は当時、孤立した出来事として扱われた。しかし、ケペルはこれを、フランスでの第三世代ジハードの始まりと位置づける。

「メラの事件は、スーリーの理論がフランスで実行に移された最初の例です。これを機に、テロのビジネスモデルが変わった。でも、当時誰も、それに気づきませんでした」

 続いて二〇一四年五月、アルジェリア系フランス人の過激派メディ・ネムシュが、ブリュッセルのユダヤ博物館で旅行者ら四人を射殺した。これらの事件と同じ流れの上にあるのが、クアシ兄弟による『シャルリー』襲撃とアメディ・クリバリによるユダヤ人スーパー立てこもりである。

 メラ、ネムシュ、クリバリの三容疑者はいずれも、ユダヤ人やユダヤ系施設を標的とした点で共通している。これは、スーリーが立てた明確な戦略の一環に基づいている。ケペルによると、スーリーは次の三つをジハードの具体的な標的として挙げている。

一 リベラルな知識人
二 イスラム教徒の裏切り者
三 ユダヤ人

 第一の「リベラルな知識人」の典型例が『シャルリー』であるのは言うまでもない。『シャルリー・エブド』自体はアナーキストらを中心に設立され、大統領、右翼、ローマ法王庁といったあらゆる権威権力を批判してきた。預言者ムハンマドの風刺画騒動が持ち上がって以降は、イスラム過激派も風刺の対象とした。

「テロリストが定めたのは、明らかに『柔らかい標的』です。厳重な警護を受けている国家元首を狙うのはややこしいし、金もかかる。それに比べ、例えば私のような警備対象外を襲うのは簡単だ。『シャルリー』も、狙いやすい割には効果が大きい。フランス社会そのものに打撃を与えることができます」

 第二の「裏切り者」とは、イスラム教徒でありながら世俗国家フランスの軍隊や警察に奉職する人物である。トゥールーズの事件で、容疑者のモアメド・メラはユダヤ系学校を襲撃する前、軍人を相次いで襲い二人を殺害した。『シャルリー』事件でも警察官が犠牲になった。

「一月七日に研究室に出勤した私は、妻から連絡を受けました。その朝『シャルリー・エブド』が襲撃を受けたというのです。私はすぐに『次に警察官とユダヤ人が殺されるだろう』と予想を告げました。実際、その直後にクアシ兄弟はアラブ系の警察官を殺害し、その翌日以降クリバリが黒人の警察官を殺したうえでユダヤ人スーパーに立てこもったのです。私の予言が当たった理由は簡単です。スーリー氏の本にそう書かれていますから」

 もちろん、クアシ兄弟やアメディ・クリバリは、スーリーの論文など読んではいない。ただ、そこに書かれた発想はサイバー空間を通じて広がり、現代の若者を感化するのである。

未来に待つ黙示録

 第三の「ユダヤ人」を含めたこれらの標的を狙うことによって、スーリーは何を目指すのか。

「欧州には社会に統合されていない何百万ものイスラム教徒がいる。彼らを動員して宗教的な反乱を起こすことができる。スーリーはそう考えました」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英当局、子どものSNS利用禁止に実効性持たせる対応

ビジネス

ドル一時159円前半で年初来高値に接近、介入警戒で

ビジネス

午前の日経平均は反落、原油高を嫌気 下げ渋る場面も

ワールド

イラン「原油200ドル覚悟を」、ペルシャ湾緊迫 I
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのミュージカル入門
特集:教養としてのミュージカル入門
2026年3月17日号(3/10発売)

社会と時代を鮮烈に描き出すミュージカル。意外にポリティカルなエンタメの「魔力」を学ぶ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」と言われる外国特派員の私が思うこと
  • 2
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃に支持が広がるのか
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 5
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 6
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」…
  • 7
    「邪悪な魔女」はアメリカの歴史そのもの...歌と魔法…
  • 8
    イランがドバイ国際空港にドローン攻撃...爆発の瞬間…
  • 9
    40年以上ぶり...イスラエル戦闘機「F-35I」が、イラ…
  • 10
    ホルムズ封鎖で中国動く、イランと直接協議へ
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」と言われる外国特派員の私が思うこと
  • 4
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 5
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃…
  • 6
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗…
  • 7
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 8
    日本の保護者は自分と同じ「大卒」の教員に敬意を示…
  • 9
    中国はイランを見捨てた? イランの「同盟国」だっ…
  • 10
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中