最新記事

中国

がんの最新治療法を見つけ治療を受けた大学生が死亡、「詐欺広告だった」と体験談を遺す

2016年5月15日(日)06時43分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

 莆田系の進化は宣伝だけにとどまらない。業態は薬の販売から始まり、民間病院の経営へと発展。中国全土に次々と莆田系の民間病院が誕生した。小さな診療所の類もあれば、立派な大病院までさまざまだ。知人の中国人は魏則西事件をきっかけに、近所の大病院が実は莆田系だったと知り驚いていた。前述したように、今では中国民間病院市場の80%を占めている。

 民間病院、診療所は避けるべきというのが中国人の多くの感覚だ。しかし公立病院の中にまぎれこんでいるとあってはもはや避けることは難しい。

 1990年代、中国では多くの公的機関が独自の収入源を求めて苦慮していた。病院とて例外ではない。そこで大手公立病院と莆田系の提携が始まった。大手公立病院の中で「泌尿器科」「皮膚科」など一部の診療科だけ、まるごと莆田系が運営を請け負うというもの。さすがに被害が大きすぎるとして、2004年に中国衛生部は公立病院による診療科の外注請負禁止を指示したが、強大な政治力を持つ軍と武装警察には禁止令も効果を持たなかったようだ。今も人民解放軍系・武装警察系病院の多くは莆田系に診療科を外注している。

怪しげな情報があふれ、地縁ネットワークが強大な社会

「百度」と「莆田系」という二つのキーワードを紹介したが、前者は中国社会には怪しげな情報があふれていることを如実に示している。検索サイトの上位に表示されている情報、大手病院が発信している情報など、なんとなく信頼できそうなソースですら平気でウソが混じっている。事情に詳しい人ならば疑心暗鬼にかられ、詳しくない人は食い物にされるのが中国だ。

 後者のキーワードが示すのは中国の地縁ネットワークの強さだ。行商の薬売りの地縁ネットワークが、わずか30年間で中国民間病院を支配する巨大グループを形成したのだ。今では新たに病院、診療所を開設する莆田市の出身者に創業資金を融通する金融サイトまで登場するなど、地縁ネットワークのエコシステムは成長を続けている。

 ある1人の成功を同郷者が模倣して巨大ネットワークを形成していく。中国各地で見かける軽食屋「沙県小吃」など、こうした例は枚挙にいとまがない。日本でも東京・池袋のチャイナタウンは今や大半が中国東北料理の店だが、それもまた成功者の伝手をたどり模倣して発展していく中国的地縁ネットワークの結果である。

 魏則西事件はまさに中国社会を読み解くための格好の事例ではないだろうか。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、対ロ制裁法案に署名へ 最終権限保持なら

ビジネス

エアバス、A350の大型派生機を現在も検討=民間機

ビジネス

ヤム・チャイナ、KFC・ピザハット積極出店・収益性

ビジネス

午前のドル155円前半、一時9カ月半ぶり高値 円安
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 7
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 8
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中