最新記事

ドイツ

トルコから名誉棄損罪で訴えられてわかったドイツの人権レベルの低さ

ドイツのコメディアンがトルコ大統領をネタにして訴えられ、母国で被告になってしまった衝撃

2016年4月28日(木)19時30分
ジョー・グランビル(英国際ペンクラブ・ディレクター)

似た者同士? 片っ端から告訴しまくるエルドアン(右)と避けきれなかったメルケル Kayhan Ozer-REUTERS

 トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領は4月12日、彼を侮辱した容疑でドイツのコメディアン、ヤン・ベーマーマンを告訴した。ベーマーマンはテレビ番組で詩を朗読中、エルドアンを「同性愛者」「卑劣」などと呼んだという。

 驚くのは次の展開だ。アンゲラ・メルケル独首相がこの件で、ドイツの検察当局が刑事手続きに入ることを容認したのだ。トルコ政府による告発がヨーロッパの中心ドイツにまで及んで表現の自由を侵害するのは警戒すべき事態で、ヨーロッパの指導者がそれを許した事実は深刻だ。ドイツ政府内では、外国政府からの告訴を受け入れる古い法律を廃止すべきとの声が高まっている。

 エルドアンは、批判や侮辱を受ければ片端から告訴することで知られている。その政治手法はパロディーにうってつけだ。トルコの法務大臣によると、大統領に対する名誉棄損の罪で訴追しているケースは1800件を超える。

【参考記事】民主主義をかなぐり捨てたトルコ

 2015年10月には、トルコ公衆保健局の職員だったビルギン・チフチが、エルドアンを『ロード・オブ・ザ・リング』に登場する「ゴラム」になぞらえた罪で起訴された。エルドアンを「白熱電球」と呼ぶのも、エルドアンの顔写真をダーツの的にするのも、トルコの刑法では「アウト」だ。今月23日には、エルドアンを「詐欺師」と呼び、旧ソ連の強権的中央アジア国家キルギスタンなどにトルコをなぞらえ「エルドアニスタン」と皮肉ったオランダ人ジャーナリストのエブル・ウマルもトルコ当局に身柄を拘束された。

ドイツにもなかった表現の自由

 もちろんトルコの民主主義は見せかけで、実態はエルドアンが支配する独裁国家だ。国民を黙らせるために名誉棄損罪が乱用するのは日常茶飯事、言論の自由はかつてないほど脅かされている。

【参考記事】改革派エルドアンはプーチン並みの強権主義者

 政治的リーダーには透明性が必要で、国民が自由に意見を言えるためには政治家に対する批判は民間人に対する批判よりも広く許容されなければならない。欧州人権裁判所もそう定めている。トルコはその判例に従う義務があるにも関わらず、表現の自由を踏みにじり続けている。言論の自由の侵害にあたるとみられる判決数で、2015年はロシアに続くワースト2位だった。

 一方ドイツのほうも威張れる立場にない。ベンマーマンのケースで問題となったのはドイツ刑法の外国の指導者を侮辱することを禁じる条項だが、その他にも名誉棄損を有罪にする法律が多数存在する。2015年に国際新聞編集者協会(IPI)が発表した資料によると、ドイツは他のヨーロッパ諸国と比べて言論に関する罪で告訴される件数が多く、2013年には当局が刑法の名誉棄損罪を適用し、侮辱や中傷、名誉棄損の容疑で有罪とされたケースが2万2000件に上った。そのうち1087件には実刑判決が言い渡された(ドイツで名誉棄損罪の法定刑は5年以下の懲役)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

独新財務相、財政規律改革は「緩やかで的絞ったものに

ワールド

米共和党の州知事、州投資機関に中国資産の早期売却命

ビジネス

米、ロシアのガスプロムバンクに新たな制裁 サハリン

ビジネス

ECB総裁、欧州経済統合「緊急性高まる」 早期行動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 9
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 10
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 9
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中