最新記事

BOOKS

倹約家も浪費家も「老後破算」の恐れあり

2016年3月22日(火)16時54分
印南敦史(書評家、ライター)

 バブルを知らない世代が、質素な暮らしを続けながら貧困に耐える一方、かつてバブルを経験してきた50歳前後、いわゆる「アラフィフ」の破綻した金銭感覚が悪い影響を及ぼしているという事実である。では、なぜ50歳前後には「貯められない」主婦が多いのか。著者はその答えが、彼女たちの青春時代にあると指摘する。


 今、50歳前後の女性たちが社会人になったのは、バブル真っ盛りの1985年から1990年。ボーナス袋が、1万円札の厚みで立った時代です。高級ホテルが常に満員で、酔っぱらいで溢れ返った銀座では、そこかしこで1万円札を振りながらタクシーを呼ぶ姿が見受けられました。OLが、ランドセルのように30万円以上するヴィトンやシャネルのバッグを持ち、ブランド品を身につけていないと恥ずかしいような空気がありました。(75ページより)

 あいにく恩恵こそ受けなかったものの(受けなくて本当によかった)、あの時代の端の方で、彼らを「気持ち悪いなぁ」と思いながら眺めていた現在53歳の私としては、この考えには大きく納得できる。

 彼らの大半はバブル崩壊とともに、まるで、"もとからそこに存在しなかったかのように"はかなく消えていったが、こちらからすればそれは当然の話だった。逆にいえば残り半分近くは生き残ったわけだけれども、(これは個人的な感覚だが)苦労して育った経験のない彼らには「人と自分を比較したがる」「人の目を異常に氣にする」「壊滅的なくらい打たれ弱い」という致命的な欠陥がある。

 だから、つまり時代が傾いていくなか、かろうじて生き残った人たちの脆さがいまになって露わになり、ガラガラと音を立てて崩れはじめたということも妙に納得できるのだ。


 現在54歳の夫は、一部上場企業の部長職。年収は約850万円。都内にマンションを購入して、ふたりの娘は国立大学と大学院に通う、絵に描いたような4人家族。けれど、ほとんど貯金はなく、表向きの優雅な家庭とは裏腹に、家計はいつ破綻してもおかしくない状況――自分を取り巻く現実が、どんどん過酷になっていく中で、奈緒子さんは、今の自分は、本当の自分ではないと思うことがしばしばあるといいます。(94ページより)

 この女性は50歳だというが、恐ろしいほどの現実感のなさである。夫の給料が下がり続けた結果として母親に泣きつき、ついには母親のお金まで使い尽くしてしまったというが、それこそまさに、バブル世代女性の金銭感覚だ。

 こうして読み進めると、「隠れ貧困」は二重構造になっていることがわかる。教育費、住宅ローン、老後費用の負担に押しつぶされそうになりながらも堅実に生きるポスト・バブル世代、そして、自身の立ち位置すら明確に自覚できないアラフィフ女性である。いわば隠れ貧困は、相反する両者の末期的な状況が複雑に絡み合っているからこそ、実態がつかみにくいといえるのではないだろうか?

 なお本書の後半では「隠れ貧困」対策がQ&A形式で解説されているので、自分のいる場所を明確にするため、そして、そこからどう抜け出すかを考えるために役立つだろう。


『隠れ貧困――中流以上でも破綻する危ない家計』
 荻原博子 著
 朝日新書

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。書評家、ライター。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「Suzie」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、多方面で活躍中。2月26日に新刊『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)を上梓。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

ネットフリックス、ワーナー資産買収で合意 720億

ワールド

EU、Xに1.4億ドル制裁金 デジタル法違反

ビジネス

ユーロ圏第3四半期GDP、前期比+0.3%に上方修

ワールド

米、欧州主導のNATO防衛に2027年の期限設定=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 3
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 6
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 7
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 8
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 9
    「ロシアは欧州との戦いに備えている」――プーチン発…
  • 10
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中