最新記事

文化

郊外の多文化主義(2)

2015年12月8日(火)15時58分
谷口功一(首都大学東京法学系准教授)※アステイオン83より転載

「三色旗[共和国派]は十字架[カトリック]の社会的・政治的影響力を根こそぎにすることには成功しなかった」ものの、「総仕上げ」としての1905年の政教分離法で「公教育におけるライシテ」というダウンを奪い、少なくとも判定勝ちを得た。ここにおいて共和国派のモラル・ヘゲモニーが確立したのである。

 このような文脈を前提とする中、よりによって革命200年記念というタイミングの1989年にイスラム・ヴェール事件が発生したわけである。共和国派にしてみれば、「先人たちの一世紀以上にわたる苦闘のおかげで、ようやく三色旗のもとに十字架と共存できる社会を実現したとおもえば、今度はクロワッサン[三日月旗=イスラム]と対決するための十字軍を再組織せねばならぬとは!」と慨嘆せざるを得ない事態と相成ったのであった。

 啓蒙理性に基づいて「普遍的価値」を擁護するフランスの強固な伝統は、単一不可分の《共和国》を前提とする「ルソー・ジャコバン型」の国家像として、多文化主義を(積極的に)容認する「トクヴィル・アメリカ型」の多元主義とは、そもそも相容れないものなのである。《共和国》は、個人をあらゆる中間団体から「ひと一般」として強制的に析出し、国家による自由を貫徹しようとする存在なのである。ここには、先に見たフォルタイン的な主張の極致が国是として存在しているのを見て取ることが出来るだろう。――フランスはある意味でアメリカと同様、われわれ人類の「実験国家」であり、それは啓蒙理性による「永続闘争機械としての共和国」とでも呼ばれるべきものなのかもしれない(上記の詳細については、樋口陽一『近代国民国家の憲法構造』東京大学出版会、1994年刊を参照)。

※第3回:郊外の多文化主義(3) はこちら

[執筆者]
谷口功一(首都大学東京法学系准教授)
1973年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。日本学術振興会特別研究員を経て現職。専門は法哲学。著書に『ショッピングモールの法哲学』(白水社)、『公共性の法哲学』(共著、ナカニシヤ出版)など。
ブログより:移民/難民について考えるための読書案内――「郊外の多文化主義」補遺

※当記事は「アステイオン83」からの転載記事です。
asteionlogo200.jpg



<*下の画像をクリックするとAmazonのサイトに繋がります>


『アステイオン83』
 特集「マルティプル・ジャパン――多様化する『日本』」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

BBC理事長、トランプ氏の訴訟に「断固闘う」と表明

ワールド

米SEC、株主提案の除外審査を一時停止 アクティビ

ビジネス

ホンダ、北米工場24日から通常稼働 半導体不足で生

ワールド

トランプ氏、対ロ制裁法案に署名へ 最終権限保持なら
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 7
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 10
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中